ラヴ ミー テンダー
act.1

「…なあ筒井くどいようだが、お前の意思は変わらないんだな?」
 確認するような先生の言葉に僕はハッキリと頷いた。
「そうか――――ま、なんと言ってもこの夏休みが勝負だな。詳しいことはそれに書いてあるからしっかり頑張れよ!」
 励ますような言葉とは裏腹な納得していない表情で『夏休み補習時間割』と書いたプリントを押し付けた先生に軽く頭を下げて僕は進路指導室を出た。
 今日は一学期の終業式。ホームルームが終わったあと僕は進路指導を兼ねている担任に呼び出しを食らったのだ。
 進学率を上げるため、合格安全圏の学校を薦める―――学校側の方針は僕にも良く理解できる。
 僕だって初めからそんな無茶なことを考えていたわけじゃない。
 自分の力ってものはよく知ってるつもりだから。
 でもあの日――期末試験の最終日――配られた進路調査票に書き込もうとしていた僕の耳はしっかりと聞いてしまった。
『……なあ加賀、お前、第一志望何処って書いた?』
『……K高だ』
 クラスメイトの問いかけに、サラリとこの地区でもトップクラスに入る学校名を言ってのけた加賀の声を――――。
 無意識に右手が動いて僕は第一志望の欄に『都立K高校』と書き込んでいた。
 理由はカンタン。
――――加賀と同じ高校に行きたい――――
 ただそれだけ。
 だって僕は加賀に好意を持っていたから。
 初めて会った入学式のときから加賀は僕の心を捕らえて離さなかった。誰にも束縛されない自由で奔放な加賀は、真面目だけが取り得の僕にとっての憧れで、彼の行動を見ているだけで僕も同じ事をしている気分になれた。
 親しく付き合うようになって二年余りが経つけど、未だに僕は素直になれなくて憎まれ口ばかり叩いている。そんな僕が志望校を聞いたとしても加賀が素直に教えてくれるはずがない。きっと薄笑いを浮かべながら「なんでそんなこと聞くんだよ」と言われるだけだ。
 判っているだけに聞きたくても聞くことは出来なかった。
 それが偶然とはいえ解ってしまったんだ、ためらう必要なんかなかった。
 その日の帰り道、僕なりに考えた。
 今の実力から行くとK高校は2ランク上になる。状況的にはかなり厳しく相当頑張らなくちゃダメだって事もわかってた。おそらく先生から呼び出しを食らうだろうと言う事も予想はついた。こんなにも早いとは思わなかったけど。
 でも頑張ればこの後の三年間を加賀と一緒に過ごせる。
 例えクラスは離れたとしても、この想いを伝えられないとしても、同じ時間を共有できる―――そう考えるだけで勇気が湧いた。
 そう僕が加賀に抱いている好意―――それはそういった類のものなんだ。

 昇降口に向かう階段を途中まで下りてきた時、下駄箱に背中を預けて立っている学生を見つけて僕は足を止めた。
 長袖のカッターシャツの腕を無造作に捲り上げ、カバンを小脇に挟む何時ものスタイルで立っているのは、見間違えるはずなんてない――加賀だ。
 不意に心臓が騒ぎ始める。
(今、会いたくないなぁ……囲碁部で時間潰そうかなぁ……)
 後ろ向きのまま下りてきた階段を上がる。
 静かに足をかけた筈なのに古びた木の階段が『ギシッ』と悲鳴のようなきしんだ音を立てる。
 ギョッとして身体を強張らせた僕の目に「よっ、筒井! 終わったのか? 一緒に帰ろうーぜ!」屈託のない声と共に加賀がゆっくりと振り返えるのが映った。
 瞬間、心臓を鷲づかみにされたような気がした。


「……んで、どうだったよ」
 アッチーなぁ…パタパタと手で大きく開けた胸元に風を送りながら加賀が聞いてきた。
「何が?」
「呼び出されたんだろ? 進路指導に」
「えっ……」
 言われた言葉に驚いて僕は隣を見上げた。
(どうして――――そんなことを?)
「なんで知ってんのか――――って顔してんな」
 笑いを堪えて加賀が僕を見下ろす。
(本当にどうして加賀は僕の考えてることが判るんだろう?)
「俺様の情報網を甘く見るんじゃねーよ――って、んなこたぁどうでもいいんだよ。んでどうだったよ、お前もK高狙いだろうが」
 志望校まで知ってるなんて、ホント凄いね、感心しちゃうよ。
「もう少しガンバレってさ。ご丁寧にこんなものまで貰っちゃったよ」
 自嘲気味に呟いて鞄の中から取り出したプリントをヒラヒラと振って見せた。
 それを奪い取った加賀は物珍しげに眺めている。
 そんなプリント加賀には必要のないものだもんね。
 ちゃらんぽらんで好き勝手やってるように見えて、その実、加賀は頭がいい。テストでも常に上位に名を連ねてる。だから先生達も多少の素行の悪さにも目をつぶっている。
「そういう加賀はどうなのさ」
 返してよこしたプリントを鞄にしまいながら聞いてみると、
「俺? 俺はまあ一応、安全圏内ではあるな」
 案の定、加賀はサラリと答えてくれた。
(やっぱりね……)
 僕はこっそりとため息をつく。
 勉強が出来て将棋の腕はプロ並、おまけに囲碁まで強い加賀と、勉強も囲碁の腕もそこそこの僕と――――比べることが間違ってるのかもしれないけど神様って不公平だと思う。
『天は二物を与えず』っていう割に僕には何も与えてくれてない。
 神様どうかお願いします。どんな我が儘も言わないから今度だけは僕の願いを叶えてください。
 加賀と同じ高校に行かせてください――――。
 
 どういう成り行きでこうなったのか良くわからないけれど、僕と加賀は駅前のファーストフード店にいるのだった。
 ああ、思い出した。
 別れ道まで来たときに「腹減ったなぁ、なんか食ってかねぇーか」と誘われたんだっけ。
「えーっ、寄り道はダメなんだぞ…」
 渋い顔を作った僕に加賀はニヤリと笑い「だからお前はダメなんだよ」と訳のわからないことを言って無理やり僕の手を引っ張ったんだ。余りに自然な仕草に手を振り払うタイミングを外されて僕はされるがまま付いてきたって訳だ。
 本当にお腹が空いていたらしく加賀は驚くほどの食欲を見せる。
 その名の通り馬鹿でかいビッグバーガーを二個平らげ「食わねーんなら貰うぜ、勿体ねぇからな」と言うなり僕の手から食べかけのチーズバーガーを奪い取りそのままガブリと食らいついた。
(あっ、間接キス……)
 なっ何を考えてるんだろうね僕ってば。
 恥ずかしい奴―――。
 でも情けない話、僕は胸がいっぱいだった。
 だって、加賀と二人なんて初めてのことで――――もう、これで十分だって思ってしまう。そんなんじゃダメなんだけどさ。
 あっもしかして加賀が言ってた「だからダメなんだ」ってこういう意味なのかな?

「なあ筒井よぉ、お前、高校でも囲碁部の入るのか?」
 包み紙をグシャリと握りつぶしながら加賀が聞いた。
「うん、そのつもりだけど……」
「なかったらどうするよ?」
「う…ん、声を掛けて作るかな、同好会でも―――」
「なんでそこまで囲碁にこだわるんだ? 素直に将棋部に入りゃーいいもんをよぉ」
 答えた僕に、コーラを啜りながら加賀がため息をつく。
「加賀こそ、どうして僕を誘うのさ。将棋はそんなに強くないよ囲碁もだけどさ」
 自分でいっときながら悲しくなる。でも本当のことだ。三谷はもとより始めたばかりの進藤君にも追い越されるほどだから。
 聞いても加賀はハッキリ答えず意味ありげにニヤニヤ笑うだけだ。
(なんだよその余裕はさ)
 だから腹立ちまぎれに同じ質問をしてみたら、そりゃ作るな、と加賀は即答した。
 ほ〜らみろ僕と同じじゃないか…。
「あっ、そうだ!」
 ふと思いついてポンッと手を打った僕を不思議そうな顔で加賀が見る。
「じゃあさ一緒につくるってのはどう? 『囲碁・将棋部』を」
「……んだとぉ〜」
 ニヤニヤ笑いを引込めてストローを咥えたまま加賀が唸った。
「あっ嫌ならいいんだよ。でもさ単独で作るってなると部員集めにくいだろ? だから……」
 僕は俯いて言い訳みたくボソボソと呟く。だって椅子に凭れて腕を組んで僕を見ている加賀の目つきが不機嫌そうに見えたから。
 いいアイデアだって思ったんだけどな『囲碁・将棋部』。
 実現出来たら嬉しい、放課後ずっと加賀と一緒にいられる…。
「まぁた一人で何考えてんだ?」
 急に加賀が言った。
「……えっ、だって僕なんか気に触ること言ったんじゃないかと……だって不機嫌そうじゃないか――」
「別に不機嫌になってるわけじゃねぇーよ」
 イライラしたように加賀は頭を掻き毟る。
「なら、何でそんな顔してるんだよ」
「俺りゃ元々こういう顔してんだよ、いい加減慣れろよな。俺のほうこそお前にそんな顔されっとだなぁ……」
 ヒョイと腕が伸びてくるのに僕は「ぶたれる!」と反射的に目を閉じて首を竦めた。でも衝撃は中々こなくて、反対に思いもかけない優しさで頭を撫でられた。
 恐る恐る目を開けると困ったような加賀の顔があった。
「あっ、あれ?」
「……ホント失礼な奴だぜ。俺はなぁ見境なくどつきゃしねぇよ。特におまえ……」
 僕は慌てて「ご、ごめん……」と頭を下げる。何かを言いかけてた加賀は言葉を飲み込んで渋面を作り「……ったく話は最後まで聞きやがれってんだ」と小さく舌打ちした。
 あれ? 又、なんかやったっけ? と考える間も有らばこそ加賀はドンッとテーブルを叩き僕を現実に引き戻す。
「……で、だ。一緒に部を作るってのはかまやしねぇーんだよ。その後だよ後! お前何てったよ!」
 えっ、えーっとなんてったっけ? 思いつきで言っちゃったから思い出すのに時間が―――そうだ!
「囲碁・将棋部……」
 みなまで言わせず、それだよ! と加賀は僕に向かって人差し指を突きつけた。
「なっ、なんだよ! いきなり……」
「それが気にいらねぇな」
「『囲碁・将棋部』の一体、何が気に入らないって言うのさ」
「どうして囲碁が先に来るヨ! ああ?」
 はいぃ〜? 僕は思いっきり脱力して眼鏡を押し上げる。
 そんなことで不機嫌だったのか?
「えっと……語呂がいいからかな?」
「んなしょうもねぇことで部の名前決めんじゃねぇよ」
(ってことは――――一緒に部を作ってもいいって事?)
 僕はそれだけで満足してる。それだけじゃダメなんだけど、それは解ってるんだけど……。
「なぁに嬉しそうにしてんだよ。でもな……お前、一番大事なこと忘れてねぇか?」
「えっ?」
 言葉の意味が解らずに首を傾げた僕に加賀はフッと目を反らせため息をつくと、もう一度僕に視線を戻し「いいか」と真剣な表情で言った。
 僕はゴクリと唾を飲み込む。
(何を言われるんだろう……)
 思わず背筋が伸びる、緊張する。
「何にしても“合格”しなくちゃなんねぇんだぜ? 高校によ」
 それ解ってんのか? と加賀が聞いた。
「あっ……」
 僕はガックリと肩を落とす。
 そうだったそれがあった。思いつきに浮かれてたけど、その問題がクリア出来なきゃその思いつきも水の泡……。
「こうしちゃいられないよね。僕、帰るよ。帰って勉強しなきゃ……」
「おい、筒井!」
 トレイをほったらかして駆け出した僕を加賀が慌てて追いかけて来て入り口を出たところで腕を掴まれた。
「ちょっと待てって、筒井!」
 加賀は僕の腕を掴んだまま、弾んだ息を整えて「ホラ、行くぞ」と歩き出した。
 来た道を僕らは無言で歩いた。
 加賀は何時までたっても腕を放してくれない……嬉しいんだけど、少し痛い。
 そっと伺った横顔はなんだか怒っているみたいに見えてなんだか悲しくなってくる。
 何を考えてるんだよ加賀。
 教えて欲しいよ。
 加賀の顔色ばかり伺う自分ってキライだ。いっそハッキリ言ってしまえたら、それで思いっきり振られてしまえばこんなに悩まない。
 でも僕にはその勇気がない。
 加賀に嫌われるのが怖い。
 このままじゃイヤだと思いながら、このままがいいと思ってしまう。
 一体、僕はどうしたいんだろう。自分で自分が解らない。
 いくら考えても解らない――――解っているのはもう直ぐ楽しかった時間が終わるって事だけだ。
(このまま時間が止まってしまえばいいのに……ずっと二人でいたいよ、加賀)
 別れ道が近づいてくるにつれて僕の歩みは鈍くなって――――歩きたくない止まってしまおうか…と思ったその時だった。加賀が突然腕を離して振り返った。つられて僕も立ち止まり、僕たちは向かい合うような形になった。
 何かとんでもない事を言われそうな気がして怖かったけど、僕は加賀の顔をから目が離せなかった。
「どうせお前のことだからよ、滑り止め受けるなんて考えちゃいねぇーんだよな?」
 疑問の形を取ってはいるけど加賀の口調は肯定って感じで僕はコクンと頷いた。
「だよな。滑り止め受かって本命落とすって……お前ならやりそうなことだからよ」
 やけに納得した調子で加賀に言われて少なからずムッとする。
 よく僕のこと理解してくれてるのは嬉しいけど、でもそれってあんまりじゃないか?
「怒るなよ……でもホントのことだろうが……」苦笑いで加賀が言う「そうだけど……」と僕。
「で、俺、考えたんだけどよぉ……」
 珍しく加賀が言いよどむ。
(なんだよ、K高行くのあきらめろって言うんだろうか。言われても聞けないけど。それに加賀にそこまで言われる筋合いもないし。これは僕の問題で何も加賀に何とかしてもらおうなんてこれっぽっちも思っちゃいなし……)
「何だよ。何を考えたって?」
そんな事を考えてたからか言葉が乱暴になってしまった。でも加賀は一向に意に介した風もなく「勉強教えてやろうか?」と早口で言葉を吐き出して横を向いてしまった。
「……はあ?」
 なんだって? 僕は耳を疑った。
(……なんだって? 勉強教えてやろうかって言った?)
 僕は加賀の横顔ををじっと凝視める。
 僕の方に向けた右側の頬が薄赤くなっているような気がするけど、もしかして照れてるの?
「だからよ。俺が教えてやるって言ってんだよ!」
 横を向いたままぶっきらぼうにだけどハッキリと加賀が言った。
 聞き間違いじゃなかったんだ――――。
 駆け回りたいくらい嬉しがる心を押さえて「ホントに?」と聞くと、僅かだけど顔が上下した。
「学年でもトップクラスの俺様が教えるんだ。そしたらお前絶対落ちるなんて考えねぇだろ?」
(そうだね、落ちたら何て言われるか想像がつくよ)
 僕は加賀を見上げたままでコクコクと頷いた。
 余程、嬉しそうな顔してたんだろう見下ろす加賀の瞳が真ん丸くなる。それって酷く可愛いんだけど……そんなこと言ったら又、怒鳴られるよね。だから、言わないよ。言わないけどでもドンドン加賀の顔がぼやけてくるのはどうして?
「……泣いてんのか、お前……」
 加賀が呆然と呟いた。
「えっ……?」
 言われるまで気が付かなかった。そうか顔がぼやけて見えたのは涙のせいだったんだ。
「あれ? どうしちゃったんだろう……ごめんね……その……」
 なんとか誤魔化そうとして早口になった僕は笑おうとして失敗する。泣いてると自覚した途端、涙が溢れて止まらなくなった。
 イヤになっちゃうよ。これじゃ加賀が誤解する……。
「えっと、えっと……っ!」
 必死に言葉を探そうとしていた僕は急に抱きしめられて息を呑んだ。
「…………」
 加賀が何か言ったような気がしたけど髪に顔を埋めているからハッキリとは聞こえない。でも押し付けられた胸から僕の耳にダイレクトに響いてくる早鐘のような音は……加賀の鼓動?
 きっと僕の胸も加賀の鼓動と同じ、ううんそれ以上の速さで動いてる。加賀にだって伝わってるはずだ。
(これじゃ、バレちゃうよ。……嫌われたくないよ)
 引き剥がそうと身体を捩るけど、加賀の力はびくともしない。
 それどころか更に強い力で抱きしめてくる。
 どうしよう、どうしたらいい?
「なんで泣いてる?」
 今度ははっきり聞こえた。
「……」
「泣いてる理由、教えろ……そんなにイヤか、俺と勉強するの?」
「ちっ、ちが……」
 涙で言葉が詰まって上手く言えない。もどかしい……。
「泣くほどイヤだったとはな……」
 加賀が腕から力を抜いた。
 苦しさが無くなる。同時に暖かさも、鼓動の早さも聞こえなくなった。
「……余計なお世話だったな。じゃあ……」
「だから、違うって……」
 僕の言葉に加賀は唇の端を上げて苦く笑っただけだった。
 小さく肩を竦めて加賀はクルリと背を向け、そのままスタスタと歩いていく。
 追いかけなきゃ……言わなきゃ……。
 でも、何ていえばいい? どういえば加賀に分かってもらえるだろう……考えている間にも加賀の背中はドンドンと小さくなる。
 届かなくなる。
「待ってよ! 加賀! 待ってったら!」
 聞こえてるはずなのに、加賀は止まってくれなかった。
 鞄をその場に捨てて、僕は遠ざかる背中を追いかけた。
 加賀は歩いていて、追いかける僕は走っているのに距離が縮まらない…………。
 僕は立ち止まって大きく息を吸い込み、渾身の力を込めて叫んだ。
「……好きなんだ!」
 言うつもりのなかった言葉だった。でも加賀を引き止める術を僕はこれ以外に持っていない。
 それで加賀を引き止められるのかも判らないけれど――――。
 立ちすくむ僕の目に加賀の背中がピクリと震えスローモーションのように振り返るのが見えた。驚いた表情でゆっくりと戻ってくる。
 涙でぼやけた瞳でもはっきりと顔が判る距離まで加賀は近づいて止まった。
 手を伸ばせば触れるぐらいの距離。でも顔を見るのは怖い。
「……今のはどういう意味だ?」
 低い声で加賀が聞く。
「そのまま……好きなんだ」
「友達としてか?」
 重ねて聞かれて僕は頷くしかなくて。
 だって異性に恋するように好きだなんて言えない――――。
「……えっ?」
 不意に目の前が暗くなって暖かいものが唇に触れた。
 触れたのは一瞬で直ぐに離れていったけど、何をされたかは十分に判った。
 唇を押さえて目を見開いた僕に嘲るように言った。
「こんな事しても? それでも友達だって言えるのか、お前」
 唇の端を少し上げる何時もの笑い方で、声も何時もと変わらなかったけど目は笑っちゃいなかった。
 将棋盤を見つめる時と同じだった。
 加賀が真剣に聞いてるのに僕が誤魔化すわけにはいかないよね。
 僕だって必死だったんだ。必死の思いで伝えるはずの無かった思いを口にしたんだから。
「好きだよ。それに友達なんかじゃないよ。僕は異性を好きになるように加賀のことが好きなんだ」
 加賀は「ハァ〜」と大きく息を吐いた。それから僕を見た表情は何時もの人を食ったような感じで、でも、今度は瞳の色が優しかった。
「それならそうと言えよなぁ。ならなにもこんな回りくどいやり方しなかったのによぉ〜」
 平然と加賀は言う。僕だって普通のことなら言ってたと思う。
 でもこれって絶対、普通じゃないよね?
「そっ、そんなに簡単にいえる事じゃないだろ? フツー」
「まっ、そうだけどよ。でも好きになっちまったんだからしょーがねぇんじゃねぇ?」
 照れたように鼻の頭を掻く横顔にポーッと見惚れてしまう。
 まだ信じられないよ、加賀も同じ気持ちでいてくれたなんて。
「んで? どうする?」
「えっ……どうするって、何を?」
「勉強だよ、試験勉強……一緒にやるのかやらねぇのか!」
 焦れたように言う加賀に慌てて返事を返す。
「ああ、うん。勿論、お願いするよ」
「……ったくホント、お前ってつくづく一つのことしか目に入らない奴なのナ」
 だから俺が見ててやるよ……ポソッと言って僕の肩を抱き寄せた加賀の唇が僕のそれに重なった。
 いきなりそれは無いんじゃない? 加賀……嬉しいけどさ
。