傾きかけた西日が差し込むフジテレビのティールーム。 (おしまい)
PARTNER
窓際の席に向かい合わせに腰掛けているのは、たった今「LOVE LOVE あいしてる」の撮りを終えたばかりのKinKi Kidsの二人である。
「………と言う事だ、分かったね二人とも」
マネージャー氏の問いかけに光一が「了解!」と明るく答えたのに対し、剛は小さく頷いただけだった。
光一は目の前のコーラを飲む振りをしながらそっと剛を伺い見た。
傍目にはにこやかに話をしているように見えるだろう。
軽い冗談も飛び出しているし。
周りの人間から見ればそれは剛らしく映るかもしれない。なによりマネージャーが気が付いていないのだ。
でも、その笑顔がどこかぎこちないと光一には解ってしまうのだ。
元気なやんちゃ坊主で何事にもはきはきと自分の考えを口にできるような外見に反して剛は繊細な心の持ち主だ。些細な一言にも落ち込んでしまう。それに引き換え光一は、こちらも外見を裏切って妙にさばけた人間だった。
『なるようにしかならんでしょ。俺は俺やもん』で全て交わしてしまうのだ。
悩みが無いわけではない。ただそれを剛ほど深刻に取らないと言うだけ、そして自分の事よりも剛の方が大事なだけで……。
正反対の二人だからこそ上手くいっているのかもしれない。
毎日会っていても気になってしまうのだ、それが今はお互い別々の仕事を抱えていて、会えるのは週に二日だけなのである。気にするなと言うのがムリな話で、剛が落ち込んでいると「何とかしたりたい」と光一は思ってしまうのだった。
(一体、どうしたんや剛は……)
顔を合わせたときから「妙やなぁ」とは感じていた。
それが番組の収録中に確信に変わった。
剛の受け答えに彼本来の精彩が無かったのだ。
ドラマの撮影キツイんやろな、俺みたいな浪人生の役と違ってボクサー役やもんなぁ――とその時は思っていた光一だったけれど今の様子ではっきりと解ってしまった。
(なんか原因は別のところにありそうやなぁ……相談に乗ってやりたいけど、どうしたらええんやろ?)
既に中身の無くなったグラスをストローでかき回しながら光一は考える。
素直に聞いたところで剛が全てを打ち明けてくれるかどうかは解らない。それに悩みを聞いたからといって解決してやれるという自信もない。
けれど、このまま帰るということも出来ないのだ。
(ああ、もうどうしたらええんやろ……)
光一が心密かに頭を抱えた時だった。
「それじゃ光一はお疲れ様。剛はあと一本撮りが残ってるから、楽屋で時間まで待機しておいてくれよな。時間になったら呼びに行くから」
それまで剛と談笑していたマネージャーが、時計にチラリと目をやり、表情を改めて事務的な口調で言った。
打って変わって面白くなさそうな表情で頷く剛の向かいで光一は、
(チャンスや!)
と拳を握った。
「なあなあ、その撮りって何時からなん?」
スルリと二人の会話に入り込む。
「えっ……ああ、七時からだけど? それがどうかしたか光一?」
「ううん、どうもせえへんよ。けど待ち時間長いなぁ〜ってね」
「そりゃ仕方がないだろう? 何事もこちらの都合よくは行かないもんだからな」
「解ってるって。んでもそれまで剛には自由時間って事やんなぁ」
何を解りきったことを……と言う顔つきでマネージャーが頷くのに『我が意を得たり』という顔で光一も頷いた。
「ほんならそれまで剛、借りてもええかな? ちゃんと時間までには戻すから」
「……光一?」
不思議そうな表情で首を傾げる剛に光一は笑いかける。
「一人で楽屋におってもつまらんだけやろ。俺とデートしよ? なっ!」
ファンに向けるのと同じ爽やかな笑顔で光一はニッコリと微笑んだ。剛がこの笑顔に弱いことを良く知っている光一である。
「けど……」
案の定、剛はほんのりと頬を染めて口篭もってしまった。
「なんや剛、俺とデートするのイヤなんか? 久しぶりやのに? 冷たいヤツぅ〜」
からかうような口調で光一は畳み掛けるように続ける。こうなればすっかり光一のペースである。マネージャーも口を挟むことは出来ない。呆気にとられて二人のやりとりを聞いているだけだった。
「イヤ……やないよ。けど――」
「けど?」
「………デ、デートって………なぁ」
小さな声で囁くように言う剛に光一はことさら明るく言ってのけた。
「言葉のアヤやんかそんなん。気にすんな! んで? どうなん」
ここぞとばかりにズイッとテーブル越しに身を乗り出した。
「えっ―――う……うん、ええよ」
光一の勢いに押されるように剛は首を縦に振った。
「ホンマ?」
覗き込んで首をかしげた光一に剛は、
「うん!」
今度ははっきりと頷いた。
「ヤッタァー! ほんなら時間がもったいないから行くぞ剛」
心底嬉しそうに光一は声を上げて、さっさと立ち上がり、つられて席を立った剛の腕を捕まえる。そして会話の進み具合に付いて来れず目を丸くしているマネージャー氏の肩をポンッと叩くと、
「そういうことだから、マネージャー後のことよろしくネ! 三十分前には戻ってくるからサ」
最近ようやく使い慣れてきた標準語で告げると、剛を伴ってティールームを後にした。
フジテレビからパレットタウンに続く遊歩道を二人はゆっくりとした足取りで歩いていく。
さっきよりも少し陽が翳って真昼に比べると少しは涼しいけれど海側から吹く風はやはりねっとりとして生暖かい。
光一は隣に見える帽子を目深にかぶってジャケットのポケットに両手を突っ込み、少し俯き気味にして歩いている剛を横目で見やった。
剛は楽屋を出てから一言も口を開かない。連れ出すことに成功したものの気楽に話をするといった雰囲気ではなかった。
剛が口を開かない以上光一から話し掛けることは出来なかった。
(しゃーないなぁ。コイツ意外と頑固やからな。こりゃ辛抱強く待たなアカンかな?)
小さくため息をつきながら光一は両手を頭の後ろに回して組んだ。
暮れかかった空に気の早い一番星が一つ光っている。
すれ違っていく人達の中には彼らに気付いた者もいたけれど、ヒソヒソと囁き交わすだけで誰も声を掛けてはこなかった。
忙しい合間の貴重なプライベートタイムを二人が大切にしていることをファンは皆知っている。
そしてその僅かな時間が彼らの元気の素であるということも……。
偶然に芸能人ではない素のままの彼らの姿を目にすることが出来たという幸せを感じながら静かに見守ってくれるファンの姿を光一は有難いと思う。
(今、声掛けられても剛には笑われへんもんな)
いつも、どんな時でも笑っていなければならないアイドル―――それが彼らの仕事。
彼らの笑顔に勇気付けられるファンは数多くいる。彼女達が見たいのはいつも、どんな時も明るく楽しいお陽様のような彼らの笑顔なのだ。
たとえその笑顔が造られたものだとしても、その裏側をファンに見せることは出来ないし、見せてはいけないものだった。
それは光一も同じ事――――。
剛の偽りの笑顔なんか見たくない。
心の底から笑って欲しい………その為なら光一は何でも出来ると思う。してやりたいと思う。
(俺がこんなにもお前のコト心配してんのに…………)
何気なく顔を巡らせた向けた光一は、真っ直ぐに自分に向けられている剛の視線にほんの少し戸惑った。
「どしたん?」
慌てて笑顔を取り繕う。
「ううん、今日の光一、なんかヘンやなぁと思て――――」
(な・ん・や・てぇ〜。可笑しいのはお前の方やないかぁ)
剛のセリフに思わず脱力しそうになり、
「ヘンなんは剛の方やろ? なんか又、悩んでるんと違うんか?」
聞けずに我慢していた言葉が唇からこぼれてしまった。
「……えっ?」
剛の瞳が真ん丸く見開かれる。
(あ〜あ、俺のアホ! 自分から言うてどないすんねん!)
光一は心の中で自分に毒づいた。けれど一度こぼれ出てしまった言葉を取り消すことはできない。
(まっ、これもチャンスやね)
と光一は開き直ることにした。
全てプラスに変えてしまう―――ここら辺りが剛と違うところであり光一の強さなのだ。
「――――……気ィついとったんか?」
「当たり前や。お前と何年付き合うてると思ってんの。俺に隠し事なんて十年早いわ!」
視線を足元に落としポツリと呟いた剛の後頭部を軽く弾く。
「ホラ、何、悩んでんの? ん? お兄ちゃんに言うてみ?」
少しおどけて覗き込む。
「お兄ちゃん……って誰がや。三ヶ月だけやんか!」
「それでも学年は俺のほうが一コ上やろ? せやからや。先輩の言うことは聞くもんやってジャニーさんに教えてもろたやろ」
唇を尖らせて上目遣いに使いに自分をにらみ付ける剛の顔が可愛らしくて光一は笑みを誘われる。
「な、言うてみ? そりゃ俺では頼りないかもしれんけど、少しは気ィ晴れると思うで?」
「……頼りないなんて―――そんなこと思てへん……」
聞いて欲しそうな素振りは見せるのにやはり剛の歯切れは悪かった。
それでも光一は辛抱強く待った。
早く聞きたいという思いはあったけれど、そこはそれ、自分で言った通り先輩の余裕を見せたのだった。
「あのな……」
どれくらい歩いただろうか、やはり足元を見つめたままで剛がポツリと言った。
光一は視線を隣に向けた。
「俺……お笑いなんかやってもええんやろか? ホントに皆、笑ろてくれてんのやろか。おもろいって思ってるんやろか――――」
(なぁんやそんなこと気にしとったんか。剛は――――)
光一は剛に気付かれないようにそっと安堵の息を吐いた。
勿論、口になど出さない、そんなことは当たり前。
光一にとっては『そんなこと』でも剛にとっては違うのだから。
「なあ剛、あれ乗ろ!」
「えっ? 何、何やのいきなり……ちょっ、ちょぉ待ってや光ちゃん」
いきなり光一は剛の手を取って走りはじめた。
驚いた剛の抗議の声になど耳も貸さない。
目指すは目の前迫っているパレットタウン名物の大観覧車だった。
突然、現れたアイドル二人組みに並んでいた客が左右にわかれて大きく道を空けてくれるのに「皆、ありがとう」と特大サービスで笑顔を振り撒き、やってきたゴンドラに剛を押し込み、続いて自分も乗り込んだ。
「ちょ、イヤやって! 俺、高いとこアカンねんって……降りますって……」
慌てて降りようとドアに手を掛けた剛の目の前で無常にもドアは閉められ、ゆっくりとゴンドラは動き始めた。
今にも泣き出しそうな表情で剛はひざの上で拳を握り締めている。
そんな姿を見ると「ちょっと強引過ぎたかな?」と思わなくも無い。でも二人きりで話をするにはこうするのが一番だと光一は思ったのだ。
「そんなに硬ならんでもええやんか。なんも怖いことあらヘン、俺がいてるやんか」
笑いを堪えながら光一は両手を差し出した。
「――――……?」
「ホラ! 手ェ貸して?」
つかの間、怖さを忘れて首を傾げて突き出した剛の両の手をしっかりと自分の手で包み込み、光一はギュッと握り締めた。
「こうして手握っとったるから。これやったら大丈夫やろ? 怖ないやろ?」
剛の頭が小さく動くのを確かめた光一は窓の外に目を向けた。
徐々にゴンドラの高度が上がっていく。
ほの暗い夕闇の中にライトアップされたお台場の風景が見える。
連結部を通り過ぎるたびに感じる揺れに身体を強張らせる剛の手を、その都度、光一は宥めるように握ってやる。
「俺ねすっごい久しぶりや、観覧車乗るの。ガキん頃に乗ったエキスポランド……いや、ポートピアランドの以来かなぁ、剛は?」
「俺? 小さい頃はドリームランドとか枚方パークなんかで乗ったことあると思うけど、物心ついてからの記憶は無いわ」>
光一の手のぬくもりが安定剤になっているのか何時の間にか剛の手から強張りが抜けていた。
それでも窓の外に目を向けようとはしない。
「ワァ〜綺麗やなぁ……宝石箱みたいやで。ほら、剛も見てみ?」
少し大袈裟に華やいだ声を上げて光一は剛を誘う。その声に誘われるように剛も目を向けようとしているみたいだが、身体が言うことを利かないようだった。握った手からそれを感じ取った光一はおもむろに立ち上がった。弾みでゴンドラが少し大きく揺れた。
「ウッワァ〜、なっ、なにすんの光ちゃん」
悲鳴に近い叫び声を上げて剛が光一にしがみついた。その反動でまたゴンドラが揺れる。
剛は硬く目を瞑りガタガタと震えている。
(ホンマに怖がりなんやからなぁ剛は――――)
笑いを堪えながら光一は隣に静かに腰を下ろすと、そっと両腕で剛の身体を包み込んだ。
「……光――ちゃん?」
「ほらこうしてたら安心やろ? 心配せんでも誰も見てへん」
戸惑ったような剛の言葉に光一は更に腕に力を込める。そして首筋に軽く唇を押し付けた。
「ちょ……こそばいって―――」
くすぐったそうに身を捩り腕から逃げ出そうとする剛の身体を腕の中に封じ込め「暴れたら落ちるで」と耳元で意地悪く囁くと、途端に剛は大人しくなった。
「ウソやって落ちるわけないやろ?」
「そやかて光ちゃん楽しんでるやろ。俺が怖がるの面白がってる……」
「それはちゃうよ。別に面白がってるんとちゃうよ。俺は剛と一緒に夜景を見たいだけ。せっかく二人きりになれたのに剛がそんなんやったらおもろないでしょ。こんな機会、今日を逃したら今度は何時になるか分からへんねんで。だから少しでも楽しみたいんや俺」
「………ゴメン――」
「別に謝らんでもええよ。ホラ、剛見てみ。ホンマ綺麗やで」
光一の言葉に剛の身体から完全に強張りが取れた。頭を光一の胸に預け視線をゆっくりと窓の外に向けた。
「―――……綺麗やなぁ。光ちゃんの言う通り宝石箱ひっくり返したみたいやなぁ」
「せやからはじめから言うてるやんか! 俺はなこれを剛に見せたかったんや」
ため息混じりに呟き振り返った剛に光一はまるで自分が誉められたかのように胸を張った。
二人は微笑を交し合い、そしてどちらともなく視線を眼下に広がる夜景に暫し無言で見入っていた。
すっかり夜景に目を奪われて剛が自分から身を乗り出して窓に額をくっつけた時、光一は静かに口を開いた。
「なあ剛。あの光のあるとこには仰山の人が住んどって、その中には俺らを応援してくれてるファンの家もあるんやで」
「……うん―――」
「ファンは今日も俺らの出てるテレビや雑誌見て応援してくれてる……」
「うん、そやね。ほんとに有難いね」
「やろ? けど、それは俺らが好きなことを心の底から楽しそうにやってるからなんやで?」
「………―――」
「なあ剛、誰かにナンカ言われたんか?」
「ううん、極楽さんも誰からもなんも言われてへんよ……」と剛はかぶりを振った。
極楽さんとは剛と共演しているお笑いコンビのことだ。光一も何度か言葉を交わしたことがありよく知っている。
明るくて賑やかでそんな嫌味なことを面と向かって言うような人間ではないし他のスタッフもそうだ。ましてやファンが言うわけがない。
「ならなんでそんなこと考えたん?」
光一の問いかけに剛は腕の中で小首をかしげた。
「なんでかなぁ、何となくそんな気がしたんや。俺だけ間をはずしてんのとちゃうんかなぁって……」
「やめたいんか? あの番組―――」
「やめたないよ。ずっとやりたかった仕事やもん」
「それやったら納得するまでやったらええやんか。こんな言い方したらお前又落ち込むかも知れんけど、俺はあえて言わしてもらう。誰もお前にお笑いを期待してへんと思う」
「………光一――」
前置きしたにもかかわらず剛は身体を離し拗ねたような顔で光一を振り返った。
「そんな顔すんなや。別に馬鹿にしたんとちゃうんやから」
光一は離れてしまった剛の身体をもう一度自分の方へ引き寄せた。
「俺も剛もお笑いのプロやない。ただちょっとアイドルにしてはお笑いのセンスがあったってだけのことや」
光一は剛の背中をやさしく撫でながら言葉を選ぶように続けた。
「せやからな、ちょっとぐらい間を外してもええねん。そん時は共演してくれてる、それこそお笑いのプロがフォローしてくれる。だから剛も思う通り好きなようにやったらええんや。俺らの番組は俺らが主役なんやから」
「光ちゃん……それってすっごいタカビー発言、ファンの子聞いたら泣くでぇ」
「そうやね、けどこれぐらいの気持ちでおらんとやっとれんでしょ? 問題は俺らがどれだけ楽しんでるかっちゅうことやね」
「楽しむ……の?」
「そうや。楽しんで一生懸命にやることが大切なんや。“つまらんなぁ”“おもろないなぁ”って気持ちのままでやってたらそれは見てる人には伝わらんと思うし、止めてまえって思われても仕方ない。そんなことは剛にかて分かるやろ?」
「うん……」
「一生懸命にやって、それでも間が外れるんは仕方ないことなんや、それが剛、お前の“間”なんやから。誰にも真似でけへんお前だけのものや」
「俺だけの――――?」
「まぁな、番組だけの付き合いしかない極楽さんに、剛独特の間を解れっちゅうのは難しいやろな。それが出来るんは剛のこと何でも解ってる俺だけってことやな」
「それでも極楽さんは合わしてくれるで?」
「そうやろ? だからヘンな心配せんと剛は楽しんだらええねん」
けど、ちょっとクヤシイなぁ……と光一は眉を軽く顰める。
「なんで? 何で光ちゃんが悔しがるん?」
腕の中で不思議そうな顔で剛が自分を見上げている。
思い通りの表情に光一は内心笑いが止まらない。
(これやから剛はカワイイんやけどな)
「だってそうやろ。剛のこと解る人間が増えるんはクヤシイやんか。俺だけの剛でなくなるもん」
「だっ、誰がいつ光一のもんになったんや! 俺は俺だけのもんや」
剛はほんのりと頬を紅くしながらも反論する。
「冗談やって! なんでそうマジでとるんかなぁ……」
光一は肩を竦めおどけてみせた。すると剛は少しつまらなそうな顔をする。
(ホンマにもうコイツは! どないやっちゅうのよ)
けれどここで沈んでいるわけにはいかない。
剛がこういう人間だということはよく知っている。自分でも言った通り剛のことは自分が一番理解しているのだから。
光一は気を取り直して話を続けることにした。いかにも今思いついたという風にポンッと手を打って。
「せや、なぁ剛。間外したなかったらな極楽さんのこと俺やと思たらどない? したら呼吸があうんとちゃうか?」
「うん……それはいつも思てるけど……」
「あかんのか?」
「当たり前やんか!」
おかしいなぁ――首を傾げる光一の腕から逃れた剛が即座に否定の言葉を口にした。
「なんで?」すかさず光一が聞き返す。
「なんでって……なあ」
口篭もって剛は俯いた。
思ったとおりの答えが返りそうだと内心ほくそえみながら光一は「うん?」と剛の顔を覗き込んだ。
「光一とあの人らとは違うから……」
「違うって、同じ人間やで? 同じ男やで? どこが違うの?」
「……わかってるくせに――――」
はっきり言わない剛に光一も負けてはいない。
「解らんなぁ〜。俺、剛ほどかしこないもんな!」
どうしても言わせようと意地になる。
(ホンマ頑固やなぁ、剛は。けど俺かて負けへんもんね。絶対言わせたる!)
こうなったら根競べや――――とばかりに光一は少々乱暴に椅子に踏ん反り返った。
途端に揺れるゴンドラ、慌てて光一に剛がしがみつく。
この勝負ははじめから勝ちが決まっている。
剛には分が悪すぎる。それが分かっているのに光一が意地になるのは剛がしがみついてくれるのが嬉しいからだ。こうでもしなければ剛が自分から甘えてくることなんて期待できないのだから。
(はぁ〜ホントに素直やないんやから。シャイすぎるっていうのも考えもんやね。二人きりのときぐらいもうちょっと甘えてくれてもええのにねぇ。こんな場所やし、誰も見てへんのに。けどホンマに俺の一人相撲やったらどうしよう……超情けないなぁ……)
誰にともなく心の中で光一は呟いて目を窓の外に転じた。
頂点を過ぎたゴンドラが今度は静かに下りていく。
遠ざかっていた夜景がゆっくりと近くなる、もうすぐ二人だけの時間が終わってしまう……。
ゴンドラが頂点をほんの少し過ぎた頃、剛がポツリと呟いた。
やはり根負けしたのは剛のほうだった。
「………極楽さんには悪いけど、あの人ら光ちゃんみたいにカッコようないもん……そやからいつも失敗するんや」
途中の呟きはは口の中に消えてしまってよく聞き取れなかったけれど、光一には充分に伝わった。
満足そうに微笑んで光一は胸に顔を埋めてしまった剛の体をギュッと抱きしめる。
「そらそうでしょ。なんせ僕は白馬の王子様やからね。俺ほどカッコイイ男はおらんでしょ?」
「光ちゃん……自信過剰すぎ。けどホンマに光ちゃんと二人やったらもっと楽しいのになぁ……」
「それは思とっても言うたらアカンよ。それよりも剛?」
言うなり光一は剛の身体を引き剥がし、まじまじとその顔を見つめる。
「な、なに? 光ちゃん?」
戸惑うような剛の顔に光一はニッコリと微笑みかける。
「少しは気持ち軽なった? 悩みは解消できたかな?」
「うん。俺は俺のペースでいったらエエってことでしょ?」
はにかんだ表情で小首を傾げた剛の頭をポンポンと叩いて光一は頷いた。
「そういうことや、よく出来ました」
「も〜又、子供扱いして〜」
プッと頬を膨らませて頭に載せられた手を払いのける剛に光一はまたまた笑いを誘われる。
(充分、子供やないか――――)と。
そして(まぁ、俺も人のこと言えんけどな。好きなヤツの嫌がることする俺も充分お子様やもんな)とも思うのだ。
「ほんならな剛君。君の悩み事を見事解決した先輩の俺にご褒美は?」
「ごっ、ご褒美ィ〜?」
目を丸くして素っ頓狂な声を上げた剛に向かって光一は唇を指差した。
(もうここまでやったらんとアカンのかいな、ホンマに手のかかるお子様や。ここまでやったらんと分からんのやから。これじゃお笑いの道も厳しいわな)
意図を察した剛は更に紅くなって俯き拳をひざの上で握り締めている。
それはそれでカワイイ仕草なのだけれど、光一は満足なんか出来ない。
「なあ早よせんと、ゴンドラが下に着いてまうよ」
顔を近づけて耳元で囁いてみる。
言葉につられて剛が窓の外に目を向ける。>
言葉どおりゴンドラは結構下がってきているようだった、小さな宝石のようだった光がかなり大きく見えている。
ホラホラ……嬉しそうにからかうように光一は剛を急かす。
「光ちゃん、目、瞑って……」
意を決したような剛の声に、光一は素直に目を閉じる――――と柔らかな感触がそっと触れた。
すぐに離れていこうとする身体を素早く捕まえて両方の腕で包み込み、光一はもう一度深く口付けた。
「……んっ―――はぁ………」
くったりと胸にもたれこんできた剛の腕が光一の身体に回される。そして思いもかけない力で抱きしめられた。
「――――つよ……し?」
戸惑うような光一の耳に聞こえてきたのは「もうちょっとだけこのままで………おって。明日から又、会われへんから」という今にも泣き出しそうな小さな声。
ポロリとこぼれた剛の呟きはきっと彼が伝えたかったことだろう。
「ええよ、ずっとこのままでも………」
少し硬めの髪に口付けながら光一は囁いた。
剛と別れて家へ向かう道。光一は足元の石ころを蹴飛ばした。
(ホントは悩みなんてなかったんかもな。心細かっただけなんや。俺かってそうやもんな。本音を言うたら剛と離れて仕事なんかしたないもん)
転がっていく石ころを目で追いながら光一はそんなことを思った。
「ガンバレ剛! 俺も頑張るからな!」
空を仰いで呟いた光一を真ん丸い月が何時までも照らしていた。