Better Half 

― 堂本 光一 ソロ・コン 妄想話 ―

 じっとしていると指先の震えが止まらない。
 部屋中を歩き回ったり気を紛らわすように踊ってみたりもしたけれど、どれも不安をぬぐい去ってはくれず、逆に体力と気力を消耗するだけだった。
 咽を潤そうと取り上げたペットボトルのキャップすら上手く回せない。
 キャップの上で滑る指がもどかしくて。
 ボトルを投げ付けようと腕を振り上げてみるけれど、実行する事すらできない。
 いや、投げ付ける事は簡単だ。腕を降りおろすだけでいいのだから。
 でも一度、やってしまえば歯止めが効かなくなる。
 楽屋に戻るたび、独りだと自覚するたび、きっと同じ事を繰り返してしまうだろう。
 そうして周りの皆に心配をかけてしまう。
 自覚している以上に周囲の人間には、自分が何時になくナーバスになっている事は伝わっているだろう。
 長く一緒に舞台を作り上げてきた仲間達だから。
 解っていても何も言わない。
 だから余計、心配はかけたくないし、自分自身も弱い自分をこれ以上は見せたくはない。
 時間がなかった事は、受けた時から分かっていた事だし。
 納得いくまでリハーサルもやったつもりだ。
 周りを巻き込んでまで……。
 なのに―――。
 何かをしていないと叫び出しそうになってしまう。
 意味不明な事を喚き散らしながら、そこら中を駆け回りたくなる衝動にかられてしまうのは……。
『独り』だからなのだろうか?

「剛…お前もこんな気持ちになった?」

 側に、今一番側にいてほしい相手に心の中で問いかけてみても答えは返ってはこない。
 彼もまた、一人で闘っている。
 戦いの場は違うけれど、今、この瞬間。一人の役者として与えられた役に入り込んでいるはずだ。
 だから。
 エールを送ってやらなければいけないと思うのに。
 彼からの言葉を欲している自分がいる。
 己の余裕のなさに苦笑いを浮かべる。
――今の俺、どんな顔しているんやろ…――
 簡単に自身の顔が想像できる。
 全く…。
 出てくるのはため息ばかりだ。
 あと少しで、幕が開く。
 ドアの向こうがほんの少し騒がしくなった。

 無意識に左の手首を握りしめる。
 東京を離れる日の朝、最愛の人が贈ってくれたお守りだ。
 玄関を出るのを躊躇う自分の手を取って祈るようにそっと口付けて―――。
 少しきつめに吸われて僅かに顔をしかめた光一に剛は大好きな笑顔を向けてくれた。
 溢れるような笑顔を見せて剛は言ってくれたのだ。
『光一が一人でも頑張れるように…』
 自分も一杯一杯のはずなのに、それでも笑顔で送ってくれた。

 剛がくれた“キスマーク”。
 僅かに色は褪せてしまっているけれど、祈るように額に押し当てると力が流れ込んでくるような気がする。
 今はこれだけが頼りだ。
 軽くノックする音がした。
「はい!」
 小さく答えると、ドアの向こうから効き慣れたスタッフの遠慮がちな声が聞こえた。
「開演10分前です。そろそろ願いします」
「今行きます」
 しっかりと答えて、光一は立ち上がる。
(悩んでいても仕方がない。精一杯やるだけや)
 ドアの前でもう一度、胸の前でしっかりと左手首を握りしめる。
 しばらく祈るように目を閉じた後。
 ドアをあけた光一の顔からは迷いや怯えはなくなっていた。

――ソロ・コンサートの開幕だ!―――


 背後の明かりが消えた途端、酸素ボンベを掴んでディレクターチェアにへたり込んだ。
 2回目のMCが終了し、これからしばらくMAのステージだ。
 10分間程の小休憩。
 胸一杯に新鮮な酸素を送り込みながら、吹きだす汗を拭う。
 予想以上に疲労度が高いみたいだ。
 手足を動かすのも億劫になる。
 中盤を過ぎたあたりでこんなになったことは始めての経験だった。
 隣にいる存在にどれだけ救われていたか思い知らされる。
 泣き言が口をつきそうになるけれど、ぐっと堪えて唇を噛み締める。
 椅子の背に懐きたがる背中を引っ張り起こし、ボンベを置いてドリンクのボトルを取り上げ、飲み干す傍らで携帯電話を手許に引き寄せる。
(待ち受け画面の笑顔で今は我慢しよう)
 それだけでも気分は違うはずだから。
「…ん?」
 メールの受信を知らせる文字が見えた。
「…3通も、誰が?」
 首をかしげながらフォルダーをあけると、送信相手は“剛”となっていた。

『祝・ソロデビュー! がんばれ〜』
『そろそろ開幕やな。今頃、心臓バクバクいうてるかも? でも光一やったら大丈夫、自信もっていきや』
『お疲れ! どうMC上手くいった?』

 文面を追っている自分の頬が自然と弛んでくるのがわかる。
 今まで感じていた疲労感が緩やかに消えて、代わりに暖かい幸福感に包まれていく。
 自分もいっぱいいっぱいの中で相手を思いやれる優しさと心遣いのあたたかさ。
 幾度となくこの優しさに救われてきた。
 今回もまた―――。
 この暖かさに触れたくて、自分は無理をするのかもしれない。
 もう無くせない、手放せない片翼。
 見つめている画面が少しぼやける。
(こんなことで泣くなんて、超なさけねー)
 ひっそりと心の中で突っ込んで、こっそり鼻をすすり上げた。

 メニューの“返信”を押そうとして止めた。
 自分からの返事なんて期待してないだろうから。
 それに返事を返せば落ち込んでいることを知られてしまう。
 もう知られているかもしれないけれど、それでも自分から言うなんてことは光一のなけなしのプライドが許さない。
 それよりもコンサートを無事に成功さること。
 悔いを残さずに全行程を終えること。
 それが一番の返事になる。
(やり遂げたでって、笑って剛に言ってやろう)
 光一はそう心に決めて画面を閉じた。その手に又、振動を感じた。見るとメールの着信だった。
「…また? 剛から?」

『もうすぐMAのシーン終わるで。終盤戦や! 気合い入れて行こうぜ! ファイト光一!!』

 字面を追っている光一の頭に浮かんだ小さな疑問。
「なんでこうも時間どおりやねん? まるでタイムテーブル知ってるみたい…」
 弾かれるように光一は身体を起こした。
 いるじゃないか、このコンサートの進行を詳しく知っているヤツが。
 このコンサートの事についてもディスカッションを何度も何度も繰り返し、最終的にこれで行こうと話し合ったヤツが。
 そいつが「僕は二人とも好きですからねー」と公言してはばからないことも知っている。
 前に光一も「剛のこと頼むな」なんてお願いしたこともある。
「やられた…」
 呟いて額に手を当てて天をあおぐ。
 けれど不思議と怒りは湧いてこない。
 素直な感謝の気持ちだけが心にある。
 だけど。
 すんなりと「ありがとう」なんて言ってやらない。
「この借りは舞台の上でキッチリかえさせてもらうで…覚悟しときや秋山君」
 思いつきの素晴らしさにクスッと笑った光一の表情には、今までの情けなさは伺えない。
 気力体力ともに漲っている感じがする。

「光一君、スタンバイ、お願いします!」
 自分を呼ぶスタッフの声に元気よく応え、携帯をタオルで包むとディレクターチェアにそっと置く。
「剛、最後まで見とってや…」
 一言呟いて装置の奥に目を向けた。

 まだまだソロ・コンサートは始まったばかり。
 心の中に住んでいる相棒と周りを取り囲む皆の暖かさに包まれて、これからのコンサートは益々ヒートアップすること間違いなし!

                                          (おしまい) じっとしていると指先の震えが止まらない。
 部屋中を歩き回ったり気を紛らわすように踊ってみたりもしたけれど、どれも不安をぬぐい去ってはくれず、逆に体力と気力を消耗するだけだった。
 咽を潤そうと取り上げたペットボトルのキャップすら上手く回せない。
 キャップの上で滑る指がもどかしくて。
 ボトルを投げ付けようと腕を振り上げてみるけれど、実行する事すらできない。
 いや、投げ付ける事は簡単だ。腕を降りおろすだけでいいのだから。
 でも一度、やってしまえば歯止めが効かなくなる。
 楽屋に戻るたび、独りだと自覚するたび、きっと同じ事を繰り返してしまうだろう。
 そうして周りの皆に心配をかけてしまう。
 自覚している以上に周囲の人間には、自分が何時になくナーバスになっている事は伝わっているだろう。
 長く一緒に舞台を作り上げてきた仲間達だから。
 解っていても何も言わない。
 だから余計、心配はかけたくないし、自分自身も弱い自分をこれ以上は見せたくはない。
 時間がなかった事は、受けた時から分かっていた事だし。
 納得いくまでリハーサルもやったつもりだ。
 周りを巻き込んでまで……。
 なのに―――。
 何かをしていないと叫び出しそうになってしまう。
 意味不明な事を喚き散らしながら、そこら中を駆け回りたくなる衝動にかられてしまうのは……。
『独り』だからなのだろうか?

「剛…お前もこんな気持ちになった?」

 側に、今一番側にいてほしい相手に心の中で問いかけてみても答えは返ってはこない。
 彼もまた、一人で闘っている。
 戦いの場は違うけれど、今、この瞬間。一人の役者として与えられた役に入り込んでいるはずだ。
 だから。
 エールを送ってやらなければいけないと思うのに。
 彼からの言葉を欲している自分がいる。
 己の余裕のなさに苦笑いを浮かべる。
――今の俺、どんな顔しているんやろ…――
 簡単に自身の顔が想像できる。
 全く…。
 出てくるのはため息ばかりだ。
 あと少しで、幕が開く。
 ドアの向こうがほんの少し騒がしくなった。

 無意識に左の手首を握りしめる。
 東京を離れる日の朝、最愛の人が贈ってくれたお守りだ。
 玄関を出るのを躊躇う自分の手を取って祈るようにそっと口付けて―――。
 少しきつめに吸われて僅かに顔をしかめた光一に剛は大好きな笑顔を向けてくれた。
 溢れるような笑顔を見せて剛は言ってくれたのだ。
『光一が一人でも頑張れるように…』
 自分も一杯一杯のはずなのに、それでも笑顔で送ってくれた。

 剛がくれた“キスマーク”。
 僅かに色は褪せてしまっているけれど、祈るように額に押し当てると力が流れ込んでくるような気がする。
 今はこれだけが頼りだ。
 軽くノックする音がした。
「はい!」
 小さく答えると、ドアの向こうから効き慣れたスタッフの遠慮がちな声が聞こえた。
「開演10分前です。そろそろ願いします」
「今行きます」
 しっかりと答えて、光一は立ち上がる。
(悩んでいても仕方がない。精一杯やるだけや)
 ドアの前でもう一度、胸の前でしっかりと左手首を握りしめる。
 しばらく祈るように目を閉じた後。
 ドアをあけた光一の顔からは迷いや怯えはなくなっていた。

――ソロ・コンサートの開幕だ!―――


 背後の明かりが消えた途端、酸素ボンベを掴んでディレクターチェアにへたり込んだ。
 2回目のMCが終了し、これからしばらくMAのステージだ。
 10分間程の小休憩。
 胸一杯に新鮮な酸素を送り込みながら、吹きだす汗を拭う。
 予想以上に疲労度が高いみたいだ。
 手足を動かすのも億劫になる。
 中盤を過ぎたあたりでこんなになったことは始めての経験だった。
 隣にいる存在にどれだけ救われていたか思い知らされる。
 泣き言が口をつきそうになるけれど、ぐっと堪えて唇を噛み締める。
 椅子の背に懐きたがる背中を引っ張り起こし、ボンベを置いてドリンクのボトルを取り上げ、飲み干す傍らで携帯電話を手許に引き寄せる。
(待ち受け画面の笑顔で今は我慢しよう)
 それだけでも気分は違うはずだから。
「…ん?」
 メールの受信を知らせる文字が見えた。
「…3通も、誰が?」
 首をかしげながらフォルダーをあけると、送信相手は“剛”となっていた。

『祝・ソロデビュー! がんばれ〜』
『そろそろ開幕やな。今頃、心臓バクバクいうてるかも? でも光一やったら大丈夫、自信もっていきや』
『お疲れ! どうMC上手くいった?』

 文面を追っている自分の頬が自然と弛んでくるのがわかる。
 今まで感じていた疲労感が緩やかに消えて、代わりに暖かい幸福感に包まれていく。
 自分もいっぱいいっぱいの中で相手を思いやれる優しさと心遣いのあたたかさ。
 幾度となくこの優しさに救われてきた。
 今回もまた―――。
 この暖かさに触れたくて、自分は無理をするのかもしれない。
 もう無くせない、手放せない片翼。
 見つめている画面が少しぼやける。
(こんなことで泣くなんて、超なさけねー)
 ひっそりと心の中で突っ込んで、こっそり鼻をすすり上げた。

 メニューの“返信”を押そうとして止めた。
 自分からの返事なんて期待してないだろうから。
 それに返事を返せば落ち込んでいることを知られてしまう。
 もう知られているかもしれないけれど、それでも自分から言うなんてことは光一のなけなしのプライドが許さない。
 それよりもコンサートを無事に成功さること。
 悔いを残さずに全行程を終えること。
 それが一番の返事になる。
(やり遂げたでって、笑って剛に言ってやろう)
 光一はそう心に決めて画面を閉じた。その手に又、振動を感じた。見るとメールの着信だった。
「…また? 剛から?」

『もうすぐMAのシーン終わるで。終盤戦や! 気合い入れて行こうぜ! ファイト光一!!』

 字面を追っている光一の頭に浮かんだ小さな疑問。
「なんでこうも時間どおりやねん? まるでタイムテーブル知ってるみたい…」
 弾かれるように光一は身体を起こした。
 いるじゃないか、このコンサートの進行を詳しく知っているヤツが。
 このコンサートの事についてもディスカッションを何度も何度も繰り返し、最終的にこれで行こうと話し合ったヤツが。
 そいつが「僕は二人とも好きですからねー」と公言してはばからないことも知っている。
 前に光一も「剛のこと頼むな」なんてお願いしたこともある。
「やられた…」
 呟いて額に手を当てて天をあおぐ。
 けれど不思議と怒りは湧いてこない。
 素直な感謝の気持ちだけが心にある。
 だけど。
 すんなりと「ありがとう」なんて言ってやらない。
「この借りは舞台の上でキッチリかえさせてもらうで…覚悟しときや秋山君」
 思いつきの素晴らしさにクスッと笑った光一の表情には、今までの情けなさは伺えない。
 気力体力ともに漲っている感じがする。

「光一君、スタンバイ、お願いします!」
 自分を呼ぶスタッフの声に元気よく応え、携帯をタオルで包むとディレクターチェアにそっと置く。
「剛、最後まで見とってや…」
 一言呟いて装置の奥に目を向けた。

 まだまだソロ・コンサートは始まったばかり。
 心の中に住んでいる相棒と周りを取り囲む皆の暖かさに包まれて、これからのコンサートは益々ヒートアップすること間違いなし!

                                          (おしまい) じっとしていると指先の震えが止まらない。
 部屋中を歩き回ったり気を紛らわすように踊ってみたりもしたけれど、どれも不安をぬぐい去ってはくれず、逆に体力と気力を消耗するだけだった。
 咽を潤そうと取り上げたペットボトルのキャップすら上手く回せない。
 キャップの上で滑る指がもどかしくて。
 ボトルを投げ付けようと腕を振り上げてみるけれど、実行する事すらできない。
 いや、投げ付ける事は簡単だ。腕を降りおろすだけでいいのだから。
 でも一度、やってしまえば歯止めが効かなくなる。
 楽屋に戻るたび、独りだと自覚するたび、きっと同じ事を繰り返してしまうだろう。
 そうして周りの皆に心配をかけてしまう。
 自覚している以上に周囲の人間には、自分が何時になくナーバスになっている事は伝わっているだろう。
 長く一緒に舞台を作り上げてきた仲間達だから。
 解っていても何も言わない。
 だから余計、心配はかけたくないし、自分自身も弱い自分をこれ以上は見せたくはない。
 時間がなかった事は、受けた時から分かっていた事だし。
 納得いくまでリハーサルもやったつもりだ。
 周りを巻き込んでまで……。
 なのに―――。
 何かをしていないと叫び出しそうになってしまう。
 意味不明な事を喚き散らしながら、そこら中を駆け回りたくなる衝動にかられてしまうのは……。
『独り』だからなのだろうか?

「剛…お前もこんな気持ちになった?」

 側に、今一番側にいてほしい相手に心の中で問いかけてみても答えは返ってはこない。
 彼もまた、一人で闘っている。
 戦いの場は違うけれど、今、この瞬間。一人の役者として与えられた役に入り込んでいるはずだ。
 だから。
 エールを送ってやらなければいけないと思うのに。
 彼からの言葉を欲している自分がいる。
 己の余裕のなさに苦笑いを浮かべる。
――今の俺、どんな顔しているんやろ…――
 簡単に自身の顔が想像できる。
 全く…。
 出てくるのはため息ばかりだ。
 あと少しで、幕が開く。
 ドアの向こうがほんの少し騒がしくなった。

 無意識に左の手首を握りしめる。
 東京を離れる日の朝、最愛の人が贈ってくれたお守りだ。
 玄関を出るのを躊躇う自分の手を取って祈るようにそっと口付けて―――。
 少しきつめに吸われて僅かに顔をしかめた光一に剛は大好きな笑顔を向けてくれた。
 溢れるような笑顔を見せて剛は言ってくれたのだ。
『光一が一人でも頑張れるように…』
 自分も一杯一杯のはずなのに、それでも笑顔で送ってくれた。

 剛がくれた“キスマーク”。
 僅かに色は褪せてしまっているけれど、祈るように額に押し当てると力が流れ込んでくるような気がする。
 今はこれだけが頼りだ。
 軽くノックする音がした。
「はい!」
 小さく答えると、ドアの向こうから効き慣れたスタッフの遠慮がちな声が聞こえた。
「開演10分前です。そろそろ願いします」
「今行きます」
 しっかりと答えて、光一は立ち上がる。
(悩んでいても仕方がない。精一杯やるだけや)
 ドアの前でもう一度、胸の前でしっかりと左手首を握りしめる。
 しばらく祈るように目を閉じた後。
 ドアをあけた光一の顔からは迷いや怯えはなくなっていた。

――ソロ・コンサートの開幕だ!―――


 背後の明かりが消えた途端、酸素ボンベを掴んでディレクターチェアにへたり込んだ。
 2回目のMCが終了し、これからしばらくMAのステージだ。
 10分間程の小休憩。
 胸一杯に新鮮な酸素を送り込みながら、吹きだす汗を拭う。
 予想以上に疲労度が高いみたいだ。
 手足を動かすのも億劫になる。
 中盤を過ぎたあたりでこんなになったことは始めての経験だった。
 隣にいる存在にどれだけ救われていたか思い知らされる。
 泣き言が口をつきそうになるけれど、ぐっと堪えて唇を噛み締める。
 椅子の背に懐きたがる背中を引っ張り起こし、ボンベを置いてドリンクのボトルを取り上げ、飲み干す傍らで携帯電話を手許に引き寄せる。
(待ち受け画面の笑顔で今は我慢しよう)
 それだけでも気分は違うはずだから。
「…ん?」
 メールの受信を知らせる文字が見えた。
「…3通も、誰が?」
 首をかしげながらフォルダーをあけると、送信相手は“剛”となっていた。

『祝・ソロデビュー! がんばれ〜』
『そろそろ開幕やな。今頃、心臓バクバクいうてるかも? でも光一やったら大丈夫、自信もっていきや』
『お疲れ! どうMC上手くいった?』

 文面を追っている自分の頬が自然と弛んでくるのがわかる。
 今まで感じていた疲労感が緩やかに消えて、代わりに暖かい幸福感に包まれていく。
 自分もいっぱいいっぱいの中で相手を思いやれる優しさと心遣いのあたたかさ。
 幾度となくこの優しさに救われてきた。
 今回もまた―――。
 この暖かさに触れたくて、自分は無理をするのかもしれない。
 もう無くせない、手放せない片翼。
 見つめている画面が少しぼやける。
(こんなことで泣くなんて、超なさけねー)
 ひっそりと心の中で突っ込んで、こっそり鼻をすすり上げた。

 メニューの“返信”を押そうとして止めた。
 自分からの返事なんて期待してないだろうから。
 それに返事を返せば落ち込んでいることを知られてしまう。
 もう知られているかもしれないけれど、それでも自分から言うなんてことは光一のなけなしのプライドが許さない。
 それよりもコンサートを無事に成功さること。
 悔いを残さずに全行程を終えること。
 それが一番の返事になる。
(やり遂げたでって、笑って剛に言ってやろう)
 光一はそう心に決めて画面を閉じた。その手に又、振動を感じた。見るとメールの着信だった。
「…また? 剛から?」

『もうすぐMAのシーン終わるで。終盤戦や! 気合い入れて行こうぜ! ファイト光一!!』

 字面を追っている光一の頭に浮かんだ小さな疑問。
「なんでこうも時間どおりやねん? まるでタイムテーブル知ってるみたい…」
 弾かれるように光一は身体を起こした。
 いるじゃないか、このコンサートの進行を詳しく知っているヤツが。
 このコンサートの事についてもディスカッションを何度も何度も繰り返し、最終的にこれで行こうと話し合ったヤツが。
 そいつが「僕は二人とも好きですからねー」と公言してはばからないことも知っている。
 前に光一も「剛のこと頼むな」なんてお願いしたこともある。
「やられた…」
 呟いて額に手を当てて天をあおぐ。
 けれど不思議と怒りは湧いてこない。
 素直な感謝の気持ちだけが心にある。
 だけど。
 すんなりと「ありがとう」なんて言ってやらない。
「この借りは舞台の上でキッチリかえさせてもらうで…覚悟しときや秋山君」
 思いつきの素晴らしさにクスッと笑った光一の表情には、今までの情けなさは伺えない。
 気力体力ともに漲っている感じがする。

「光一君、スタンバイ、お願いします!」
 自分を呼ぶスタッフの声に元気よく応え、携帯をタオルで包むとディレクターチェアにそっと置く。
「剛、最後まで見とってや…」
 一言呟いて装置の奥に目を向けた。

 まだまだソロ・コンサートは始まったばかり。
 心の中に住んでいる相棒と周りを取り囲む皆の暖かさに包まれて、これからのコンサートは益々ヒートアップすること間違いなし!

                                                        (おしまい)