Blue Sky

「……五代。五代ィ〜」

 雪原を血に染めて横たわる五代を見つけた一条は、声の限りに叫びながら必死に歩を進めた。雪は容赦なく降り注ぎ、深く積もって進もうとする一条の足を阻む。

(あと少し……もう少しだ。今、行くぞ…五代)

 昨夜からの強行軍で体力は限界まできていた。それでも一条は歩を緩める事は無い。吹雪の中に目を凝らし五代の姿を捉えたままで歩みつづける。

―――後どれくらい歩けばいいのだろう?

 ふとそう思った一瞬、雪が止み、一条ははっきりと五代の姿をその目で捉えた。

「五代……雄介……えっ?」

 名を呟き、転がるように前傾姿勢をとった一条の目の前で―――。

 ダグバと五代の姿が消えた。

 まるで、今まで見ていたものが蜃気楼だったと言わんばかりに。

 激しい戦いの後も血の一滴すらも見当たらない……。

 呆然と立ちすくむ一条の頬を、更に激しさを増した雪の礫が叩いて通り過ぎた。


 もうすぐゴールデンウィークを迎えようとしている4月下旬。房総の海は眩しい空の蒼を映して穏やかに凪いでいた。

 のんびりと何も考えずに釣り糸を垂れる日が来るとは正直、思っても見なかった椿だった。

「すべては……アイツのおかげかな?」

 釣り竿を手にしたまま椿は目を空に転じる。一点の曇りも無いぬけるような青空に彼の笑顔が重なった。

 彼―――五代雄介。

『世界中の皆が笑顔でいられるように』と自ら選んでクウガとなり日本を救った男。

 好奇心旺盛で怖いもの知らずの冒険野郎。おまけに特技が2000余もあるという、キラキラと輝く少年の瞳を持った青年だ。

 ―――目を閉じれば今でも鮮やかに浮かぶ人懐っこいその笑顔。

 しかし、五代雄介は0号との最終決戦を最後に忽然と皆の前から姿を消した。

 あの戦いの日から3ヶ月が過ぎた今も、彼の行方は杳として知れない。

 五代の思い通り人々の顔には晴れやかな笑顔が戻り、世間は日常を取り戻し、街は徐々に復興を遂げつつある。

 しかし―――。

 あの日を忘れられない人間がいる。

 忘れたくないと思う人間がいる。

 ゆっくりと空から視線を戻した椿は少し離れた場所で釣り糸を垂れている友人を見やった。

 高校時代からの友人・一条 薫の横顔は相変わらず整っていたが、そこには何の感情も見て取れない。

 眉間に軽くシワを寄せ、時折、深いため息を吐きながら何をするでもなく沖を見つめている。

 元来、そう感情を表に出す人間ではなかったが、それでもたまに見せる花がほころぶような笑顔を椿は気に入っていた。けれど、あの日から一条はその笑顔すらも忘れてしまったようだった。

 彼の目の前で、五代雄介が消えてしまった日から――――。



(何処に行ってしまったんだ――五代……)

 考えまいとしても思い出すのはあの笑顔ばかりだった。

 いつも、どんな時でも五代の顔から笑顔が消えることは無かった。

 あの日、最後の戦いに赴く前。

「お前を付き合わせてすまない」と詫びた自分に、五代は最高の笑顔でこう答えてくれた。

『オレ良かったです。一条さんと会えたから』と。

 何もかも包み込んでしまう大らかな笑顔――――。

 それが一条に中にある五代の記憶。

 時が経てば記憶は風化する。事実、未確認生命体グロンギとの戦いも今では過去になろうとしている。

 勇敢に戦った4号のことさえも、世の中の話題に上る事は少なくなった。

 だが一条の中の五代の存在は風化するどころか、時間が経つにつれて鮮やかになっていく。


 あの後、0号・ダグバの死は確認された。全ての始まりである廃墟の中で。

 一条も立ち会いしっかりとその目で確かめた。

『腹部断裂』による死だった―――が、その死体の側に五代の姿は無かったのだ。

 役目を果たし大好きだった冒険に出たのだろう、普段の生活に戻ったのだろう……皆が口々にそう言った。

 一条だって何度もそう思おうとした。

 元々、刑事と一般人。本当なら彼がここまで命を掛けることも無かったのだ。

 けれど、彼とともに戦った1年の間に五代はしっかりと一条の心の中に住み着いてしまっていた。

 隣にいるのが当たり前の存在。何かが起これば、何を置いても飛んできてくれた五代 雄介。

 彼がいないことがこんなにも自分を無気力にさせてしまう。

 何かの拍子につい、右隣を見てしまう。何時の間にかそれが一条の癖になってしまっていた。

 ソコが常に五代の場所だったから。

 現場に出ている間はまだ気がまぎれた。五代のいない淋しさを胸の中に押し込め、今日まで先頭を切って残務処理に当たってきた。クタクタに疲れて何も考えず死んだようにベッドに倒れこむ毎日だった。

 それでも、五代は夢の中にまで現われてその笑顔を振り撒いていく。その大らかな笑顔で一条を捉えようとする。

 こんな風に忽然と自分の前から消えてしまうのなら、いっそ自分の手で消してしまいたかった、約束どおりに。

 そうすれば痛みはもっと違ったものになったかもしれない。

 その忙しさも昨日で終わった。

 正式に『未確認生命体対策本部』は解散となり一条は本来のフィールドである長野県警に戻る事になっていた。

 いつか断ち切らなければいけない思いなら、今ここに、この場所に置いていってしまおう―――そうして新しく始めよう。

 そう思って、椿の誘いに乗ったのだった。


 一条は何も言わない。一言も弱音を吐かなかった。それでも長い付き合いだからこそ椿には解るのだ、一条の抱えている痛みや辛さが。

 代われるものならば代わりたいと思うけれどけれど、それは出来ない。

 一条の心に開いた穴を埋めてやれるのが自分でない事を椿はじめて悔しく思った。

 だが、大切な親友をここまで苦しめる五代のことを椿は罵倒する事も嫌いにもなれないのだ。

 椿もまた五代信者の一人なのだ。

 自分の人格がなくなるかもしれないと解っていて、それでも戦い抜くことを選び、そして笑顔で別れを告げにきた五代。

 生きること、信じる事の素晴らしさを身体中で表現していた五代雄介。

 ゴールデンウィークを待たずに長野に帰るという一条を無理やりに釣りに引っ張り出したのも、少しでも気晴らしになればと思ったからだ。自己満足だと言われれば素直に頷くけれど、辛い思い出ばかりの東京を去る記念になにか一つでも楽しい思い出を残してやりたかったのだ、自分の手で―――。

 もう一度、一条の笑顔が見たかったのだ。


(どこをほっつき歩いているんだ、五代。早く帰って来い! でないと俺は―――)

 椿は静かに凪いだ海面に目を向けた。

 フイに一条のウキが沈んだ。

「オイ、一条。ひいてる、ひいてる」

 一条に呼びかけながら、自分の竿を竿受けに固定し立ち上がりかけた椿は、

「なあ、あれは何だと思う椿」

 逆に問い掛けられて目を丸くした。

「あれは何だって、お前……俺たちは今、何してるんだ?」

「違う。少し先の沖のほうだ。何か……何か光っているように見えないか? 金属のような……こっちに近づいてくる……」

 立ち上がり額に手をかざして沖を見つめている一条の視線を追いかけて、隣に並んだ椿も沖に目を向けた。確かにキラキラと光る何かが寄せる波に押されるように近づいてくる。

 ソレは見覚えのある金属のようにも思えた。しかし、そんな事があるはずがないと椿は小さく首を振り、

「魚の鱗が太陽光に反射しているんだろう。それよりもお前…ホラ、早くしないと逃がすぞ!」

 竿を握る一条の手に自分の手を重ねた。

「あっ…ああ、でも、あれは―――」

 椿の言葉に竿に力を入れるものの、その視線は沖を見つめたままだ。

「ああ、もう。こっちに貸せ!」

「ああ、任せる」

 焦れて竿を奪い取った椿の隣を一言叫んで、すり抜けた一条は堤防を駆け下り砂浜から濡れるのも厭わずに海の中へざぶざぶと入って行く。寄せる波をかき分けて沖へ沖へと進んでいく。

 それを見て慌てたのは椿だ。

 いくら初夏の陽気だと言っても水はまだ冷たい。それに服を着たまま準備運動もせずにいきなり海に入れば、日頃から鍛錬を積んでいる一条と言えどどんなことが起きるか解ったものではない。

「おい、おまえ…何やってる、一条。待て、待つんだ!」

 竿を固定するヒマも有らばこそ、一条に負けない勢いで堤防を駆け下り腰のあたりまで波に浸かってしまっている一条の身体を羽交い絞めにした。

「いい加減にしろ! 暖かいと言っても泳ぐには早いぞ。死にたいのか、お前は!」

 沖へ沖へと行こうとする身体を渾身の力を込めて止めながら、耳元で叫ぶ。

「離せ、離してくれ……あれは五代の―――」

 遥か沖にあったはずの光るものは何時の間にかはっきりと見える位置まで近づいていた。

 もう直ぐ、手を伸ばせば触れる位置だ――――。

 寄せる波に揺られながらスローモーションのように近づいてきたそれは、見まごう事なき五代が身に纏っていたスーツの一部で―――。

「落ち着け、一条。もう直ぐココまで届く……」

 自分の目でもしっかりと確認した椿は、一条の身体から力が抜けたのに気付き、抱きしめていた腕の力を緩めると静かに言った。

 一条は頷いて、その場に立ち波に洗われながら食い入るようにそれを見つめている。

 やがて、それは2人の目の前で静かに停止した。

 そっと、慈しむように一条はそれをすくい上げ、胸に抱きしめた。

 まるで恋人を抱きしめるように―――。


「憎い事をするよな、アイツも……」

 砂浜に腰を下ろし椿は呟いた。

「……えっ?」

「メッセージだろう? アイツの」

「メッセージ?」

 一瞬、何を言われたのか解らないように目を丸くして自分を見上げた一条に、椿は同じ言葉を繰り返した。

「そうだよメッセージだ。『一条さん、俺、元気です』ってな」

 漸く理解したのだろう、一条の顔に喜びの笑みが浮かんだ。

 久しぶりに見る心からの笑顔に椿はホンの少し目を奪われた。

 「あっ、ああ。そうだな。ウン、アイツ…五代らしいな……」

 懐かしそうに腕の中を見つめ「有難う……」と小さく呟いた一条は、もう一度キツク抱きしめた。

 何度も小さく頷く一条の頬を一筋の涙が伝って落ちた。悲しんで涙を流していない事は椿には直ぐに判った。一条の口元が微かに緩んでいたからだ。

 本当に何処までも小憎らしい演出をする男だ―――と椿は思った。

 きっと今頃は、椿の希望どおり南の暖かい海を冒険して歩いているのだろう。

「椿……誘ってくれてありがとう……」

 となりで一条が言った。

「どういたしまして」

 そう答えはしたが嬉しいわけが無い。結局、美味しいところは全て攫っていくのだ、五代雄介が。

(まあ、それでもイイか―――)

 と、無理やり自分を納得させる。ここに連れて来たからこそ、こうしてメッセージを受け取れたわけだから。

 一条は活き活きとして長野に帰っていくだろう。

 そうして、息つくヒマない日常を送りながら五代の帰りを待ちつづけるのだ。


(早く戻って来いよ、五代。お前が戻ってくるまでは一条のことは任せとけ。但し、俺の理性が何時まで持つかは保証はしないけどな―――)

 椿は一条の肩を抱きながら、雲ひとつ無い青空を見上げ心の中で五代に呼びかける。

 得意のサムズアップのポーズで「飛んで帰りますよ。椿先生には上げませんからね」と言わんばかりの五代の笑顔が青空の中に浮かんで溶けていった。




名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ。

ふるさとの岸を離れて なれはそも波に幾月。

           (島崎藤村作・やしの実より)



ありゃりゃ…なんだか私、椿ファンになってませんかね?

可笑しいなぁ、一条さんファンのはずなのに。そして「5×1」のはずなのになぁ……ま、いっか。

笑って許してねv

五代と一条の間でチャチャを入れつつ二人の反応を楽しんでる椿先生っていうのがシュチュエーション的に好きなんだよねぇ。

五代くんと一条さんってばさ、いつも戦いの中に身を置いてたからね、いくらラブラブでもなんか刹那的でさぁ……まあ、なにがどうなろうと好きに代わりは無いんだけど(笑)。

なんせ勢いだけで書いたんで変なところやおかしな言い回しには目を瞑ってくださいませ(なぁんて無責任な、北条さん)。

軽く読み飛ばして「ふ〜ん」と頷いて頂けたら充分です。