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伊達の宿泊先はターミナル駅からはずっと離れたベイエリアにある外資系のホテルだった。
落ち着いた外観を見せるホテルは夜遅い時間のせいか、ロビーに人影も無く、フロントで鍵を受け取った伊達は慣れた足取りでエレベータホールへ向かう。その後に続きながら拓朗は落ち着き無く辺りを見回した。
フロア一面に敷き詰められた絨毯には当たり前の事だがチリひとつ無く、磨き上げられて眩いばかりに光り輝くシャンデリアもさりげなく配置された観葉植物や壁に掛けられている絵画も…何から何まで全てが豪華である。
それでいて押し付けがましくなく、柔らかな雰囲気が漂っているのはホテル全体がシックなベージュを基調としているからなのだろう。
「いいところに泊まってるんですね」
エレベーターに乗り込んだ途端、ため息ともつかぬ声が拓朗の口から漏れる。
「ギリギリまで休暇が取れるかどうかが判らなかったんだ。手当たり次第にホテルを当たったんだが、生憎と空いてるホテルがここしかなくてね」
緊張してるのか? とエレベーターのボタンを押しながら伊達が聞く。
少しだけ…。と拓郎は首を回しながら答えそのまま壁に凭れかかる。緊張の余り力が入りすぎてギシギシと肩が悲鳴を上げているようだった。
「ホテルに泊まるのは何も初めてじゃないだろう?」
拓朗の仕草に苦笑を堪えて伊達が聞く。
「ええ。でもここまで豪華なホテルは初めてです」
拓朗が答えた時、音も無くエレベーターが止まりドアが開いた。
「うわぁ……」
部屋に一歩足を踏み入れるなり、目の前に開けた景色に拓朗は言葉を失う。
部屋の内装も、外観やロビーの装飾に負けず劣らず豪華なものだったが、拓朗が目を奪われたのはその先に広がる港の夜景の素晴らしさだった。
家具の間をすり抜けて拓朗は窓際へと駆け寄った。
部屋の角一杯に広がっている、ブラインドを閉め忘れた窓は継ぎ目のない一枚ガラスで、映画のスクリーンのようだった。
真っ黒いスクリーンに浮かび上がる美しくライトアップされた港を行き交う船の灯り。
そっと拓朗は眼鏡を外す。
星空とは違う色とりどりの明かりがぼやけて滲んで……。
出港していく船の灯りが小さくなって見えなくなると、今度は入港してくる船の灯りが一際明るく輝いて――――まるで万華鏡を覗いているようだった。
どれくらいの間眺めていたのか。ふと我に返って振り向くと、ネクタイを緩めた伊達がソファーでくつろいでタバコをくゆらせながら微笑んでいた。
「随分熱心なんだな。その分じゃ俺がコートを脱がせたのにも気がついてないんだろう」
言われて身体が軽くなっていることに気付く拓朗だった。
「……すいません」
拓朗は消え入りそうな声で呟いた。
「そんなに夜景が気に入った?」
「はい。噂には聞いてたけど、ここまでスゴイとは思わなかった。ホントすごく綺麗だ」
「それは良かった」
興奮覚めやらぬ様子でもう一度、夜景に目を転じる拓朗に満足そうに微笑んで、
「満足したんだったら、風呂に入って温まっておいで。身体が冷え切っているだろう?」
と伊達は続けた。
「俺は後でいいですよ。伊達さんこそお先にどうぞ」
「俺こそ後でいい。それよりも君が風邪でもひいたら大変だよ。裕也に合わせる顔が無い」
「……」
「なっ!」
前触れもなく抱き寄せられた拓朗の身体がピクリと震え、驚いた瞳で並ぶと僅かに高い伊達を見上げる。
「言うことを聞かないと、この場で襲ってしまうよ」
伊達はパッと手を離すと柔らかな笑みを湛えてそう言った。
「あ…じ、じゃあ…お言葉に甘えて――――」
しどろもどろに答えて、拓朗は逃げるようにバスルームに駆け込んだ。
洋服を剥ぎ取るように脱ぎ捨てると、頭から冷たいシャワーを浴びた。
心臓が全力疾走した後のように激しく打っている。
息を吹きかけられた耳が熱かった。
『裕也に会わせる顔が無い』と伊達は言った。
何故だか悲しかった。
伊達の一番は裕也だと判っていた筈なのに。
その他大勢でいいといったのは自分なのに。
どうしてこんなに心が痛むのだろう。
じっと目をつぶったまま、身体が冷えるのも構わずに拓朗はシャワーを浴び続けた。
身体はすっかり冷えてしまったけれど、心は熱いままだった。
小さく身震いした拓朗はシャワーを止めると、先に伊達が張っていてくれたのだろう、白く湯気の立ち上るバスタブにそっと身体を滑り込ませた。
冷え切った身体に適温のお湯が染み渡るようだった。
バスタブの身体を預けたまま、拓朗は濡れて額に貼りつく前髪をかきあげる。
いくら考えても仕方が無いことだ。
伊達は選択の余地を与えてくれたのに、一人になりたくないと言い張ったのは自分なのだから。
自分で選び取ったのだから。
何が起ころうと、どんな事になろうと後悔するわけにはいかない。
(後悔なんかするもんか)
拓朗は迷いを振りきるように、頭を軽く振ると勢い良く立ちあがった。
拓朗が開けたドアの前に着替えを手にした伊達が待っていた。
「お先に失礼しました」
声をかけながらすり抜けようとする拓朗を伊達は呼び止め「ルームサービスを頼んでおいた。俺が出てくる前に届いたら受け取っておいてくれないか」と声を掛けた。
判りました、と拓朗が頷くのを確認してドアに手を掛け「ああ、それから」と思い出したように振り返り拓朗に向かって手招きをする。
「ボーイにこれを渡してくれ、チップだ」
歩み寄った拓朗の手に紙に包んだ紙幣を掴ませる振りで引き寄せ、伊達はその唇を掠めるようにキスした。
「―――…!」
驚いて目をみはる拓朗の顔が紅く染まるのを面白そうに眺めた後、伊達はバスルームに消えた。
伊達の消えたバスルームのドアを呆然と見つめていた拓朗の右手が無意識に唇に触れた。
そのままあとずさり、ぶつかったソファーにドサリと倒れこんだ。 拓朗は両腕で身体を抱きしめた。そうして初めて自分が震えていることに気付く。
(落ち着け、拓朗。キスぐらい何でも無い)
そう自分に言い聞かせるけれど震えが止まらない。
肩を抱いたり、キスをしたり……どうして伊達はこんなことをするんだろう?
ただ、抱いてくれさえすればいいのに……。
伊達の行動に拓朗は戸惑うばかりだった。
優しくなんかされたくないのに。
優しくされればされるほど、伊達に惹かれてしまうと言うのに――――。
どれほど惹かれても伊達は拓朗の物にはならない。
彼の心を捉えて離さないのは、兄の裕也だけなのだから。
報われない恋なんか一度で十分だ。
尚樹といい、伊達といい―――どうして自分は他人の物ばかり欲しがるのだろう。そりゃあ『隣の芝生は青く見える』と言うけれど。
呆れるのを通り越して笑えてしまう。
伊達の唇の感触を振り切るように唇を拳で乱暴にぬぐった。
途端、ズキン…と覚えのある疼きが拓朗の下腹部を襲った。
その感覚に拓朗は愕然とする。
(俺――――欲情してる? そんな……!)
下腹部を覆いはじめた疼きは、拓朗の意思を無視して確実に熱くなってくる。
この事実を伊達に知られるわけにはいかない。
何とかしなければ――――。
早い話、出してしまえれば簡単なのだ。しかし、そんな時間は無い。
早くしなければ伊達がバスルームから出てきてしまう。
拓朗は股間をキツク締付けるように身体を小さく丸めると、息を詰めて熱が引くのを待った。
「おい、拓朗?」
突然降ってきた声に拓朗は驚いて目を開けた。
伊達がバスルームのドアから顔を覗かせて声を張り上げていた。
背後で激しくドアをノックする音がする。
(あっ! ルームサービス)
落ち着きを取り戻すことに集中していた拓朗はルームサービスが届いたことに気がつかなかったのだ。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
心配そうな顔で聞かれ、拓郎は慌てて立ちあがった。
「何でもありません。ちょっとウトウトしてただけです。すぐに受け取ります」
と呟いてドアを開け、ボーイを中に招き入れた。
「はい、味の方は保証しませんけど」
ベッドに腰掛けている伊達に拓朗は丸いブランデーグラスを差し出した。
「保証も何も…ロックなんだぞ。それに拓朗が作ってくれたんだ不味いはず無いだろう?」
受け取ったグラスを手の中でゆすりながら苦笑交じりに伊達が返す。
「さすがですね。相手を喜ばせるポイントを心得てる――――」
拓朗は肩を竦めてソファーに腰を下ろすと、皿に盛られたサンドイッチを手に取りパクリとかぶりついた。
緊張と驚きを何とかやり過ごし平静を取り戻すと、空腹感が一気に押し寄せてきた。
マスタードのきいたサンドイッチはそんな拓朗の胃を十分満たしてくれた。
「ああ、美味しかった。後は伊達さんどうぞ」
サンドイッチをきっちり半分食べた所で振り返った拓朗は、自分を見つめる伊達の瞳に身体を竦ませた。
あの店ではじめて見た時と同じ射竦めるような瞳。
伊達が何を望んでいるのかを瞬時に悟る。
せっかく落ち着いていた心臓が又、早鐘のように打ち始めた。
「あの……」
「ああ、俺はいいよ。それより早く拓朗を食べたいんだが。どうして欲しい?」
ブランデーを舐めて伊達が聞いた。
余りに直接的な表現に拓朗の頬がサッと朱に染まる。
そんな風に聞かれてもどう答えていいか判らない。
セックスの経験など無いのだから。
抱く側ならまだしも、今は抱かれる立場にあるのだ。
拓朗は黙って俯いた。
伊達の方は余裕なのか何なのか――――それきり言葉を発しようともしない。
拓朗の反応を楽しんでいるようにブランデーを舐めている。
自分に注がれる視線が痛い。
何故だか悔しさがこみ上げ、拓朗は膝の上でこぶしを握った。
そりゃ無茶を言ったのは自分のほうだ。
伊達の優しさに甘えたのは拓朗である。
でも、甘えていいと言ったのは伊達では無かったか。
一人で突っ張って頑張ってきた自分を弱くしたのはこの人なのに!
「判りませんよ、どうして欲しいかなんて。初めてなんだから!」
拓朗は叫んでいた。
「何も泣くことは無いだろう?」
サイドテーブルにグラスを置いた伊達が言う。その言葉すらもからかわれている様で拓朗は悔しかった。
「泣いてなんかいません」
「全く素直じゃないな」と伊達は呟いて「おいで」と誘うように腕を差し出した。
拓朗は唇を噛み締めて顔をそむけ、乱暴に頬をぬぐう。
「意地を張るのもたいがいにしろ! さっさと来るんだ」
有無を言わせぬ物言いと、自分に注がれる鋭い視線にピクリと身体を振るわせた拓朗は、素直に立ち上がり伊達に近づいた。
腕を思いもかけない力で引き寄せられ、気がつけば拓朗は伊達の膝の上に横座りになっていた。
「――――!」 焦って立ちあがろうとする拓朗の肩を伊達が押さえる。
「本当に、甘え方を知らない奴だな。拓朗は」
吐息と共に耳たぶに歯を立てられ拓朗の身体から力が抜ける。
「そう、それでいい。そのまま腕を回して」
言われるまま、おずおずと首に腕を掛けると、今度は顎を取られて口付けられる。
さっきバスルームに消える前にされたのとは違う、深く激しい口付けだった。
「……あっ、はぁ」
息苦しさに小さく喘いだ唇を割って伊達の舌が忍び込んで来る。まるで生き物のように伊達の舌は拓朗の口腔を蹂躙していく。
戸惑いの中で動けずにいる拓朗の舌を絡め取るように伊達は吸い上げる。
角度を変えて何度も何度も……。
溢れた唾液が唇からこぼれ落ちる。
軽い酸欠状態の、霞む意識の中で下半身の反応だけが明瞭だった。
じれったいような、むず痒いような下腹部から駆け上がってくる感覚に拓朗は身震いすると伊達に思いきりしがみついた。
キスだけでイッてしまいそうだった。
伊達の巧みなキスに翻弄される自分が恥ずかしくて、情けなくて、拓朗は無理やり伊達を引き剥がすと、その肩口に顔を埋め荒く息をつく。
「拓朗は意地っ張りなのに、身体は素直だね」
汗で張りつく髪を優しくかき上げながら伊達が囁きかける。整わない息の下で拓朗は首を振る。
「恥ずかしがらなくてもいい。自然の反応だから――――」
俯く拓朗の頬を伊達の大きな手の平が両側から包み、覗きこんでくる。
拓朗はギュッと目を閉じる。どんな顔をして伊達を見ていいのか判らない。
硬く閉じた瞼の上に、こめかみに優しいキスの雨が降る。
伊達の唇は唇から首筋を通りすぎ、淡いピンクに色づいた胸の突起に辿り着く。
軽く歯を立てられた時の衝撃はなんと表現したらいいのか――――。
背筋を駆け抜けた、これまで経験したことのない感覚に戸惑う間もなく、シーツに押し倒された。
音もなくガウンの紐が引き抜かれ、静かに前をはだけられる。
下着も一気に引き下ろされ、生まれたままの姿が伊達の目の前に晒されている。
見られている――――。
素肌に感じる伊達の視線が、拓朗の身体を熱くする。達し切れなかった欲望が更に大きく膨らみ始める。
この上もなく感じてしまっている自分がいることに居たたまれなくなって身体を捩ろうとした拓朗を伊達の手が止める。
「綺麗な身体をどうして隠す? 全部見せてくれないのか?」
「綺麗―――ですか? 俺の身体……」
目を閉じたまま拓朗は聞く。
「ああ、この上もなく綺麗だな。これといったスポーツはしてないと言ってたのに、ムダな肉がついてないし―――」
「こんなに浅ましい姿をしてても?」
聞き返す拓朗の声が震える。
「浅ましい? 不思議なことを言うね。俺に欲情してくれてるってことだろう。嬉しいよ」
言いながら伊達は拓朗の張り詰めて今にも弾けそうなモノに手を添えた。
「ああ……っ」
軽く二、三度しごかれただけで呆気なく、拓朗は若い精を吐き出した。
「軽蔑しないで。兄貴と比べたりしないで――――」
顔を覆い、肩で大きく息をしながら途切れ途切れに拓朗は呟いた。
「軽蔑なんかしないさ。それに、比べようにも俺は裕也を知らない」
素早く吐精の跡を始末すると伊達は拓朗の隣に身を横たえた。片肘で身体を支えると、空いている方の手で拓朗の身体のラインをなぞっていく。
そうされるだけで息が上がる。まるで身体全体が性感帯になってしまったようだった。
「わっ、わかっ…てるけど、今だけは俺だけを……見てください」
弾む息の下で拓朗は答える。
「その他大勢でいいって言ったのは、拓朗のほうだ」
「そ、そうだけど……」
「わがままなんだな、拓朗は……」
言いながら伊達は、いたぶるように堅く尖った胸の突起を指で軽くつまんだ。
「…っく! はぁ……」
痺れるような快感が拓朗を襲った。堅く閉じた瞼から涙が一筋流れ出る。伊達の唇がそれを掬い取るように舐め上げた。
それに勇気付けられるように拓朗は必死の思いで言葉を綴った。
「伊達さんの、い、一番になりたいなんて思わない。心まで、下さい…なんてことは、いっ、言わない―――だから、今だけ…っ!」
「だったら拓朗も、他のヤツのことは考えるな。いいな」
判りましたと答える代わりに拓朗は伊達の首に腕を回し、その精悍な顔を引き寄せると自分から唇を押し付けた。
それに答えるように伊達が拓朗の身体を力の限り抱きしめた。
互いに貪るように口付けあう。
あとはもう、夢中だった。
伊達の言うがまま、伊達自身を銜えた。
伊達の要求に躊躇いが無かったといえば嘘になる。
浅ましいと思う。
獣じみている行為だ、とも思った。
でも、拓朗は伊達が欲しかった。
これほど誰かに執着したのは初めての事だ。
こんなにも何かに夢中になれる自分がいることに拓朗は喜びを隠せなかった。
言葉で言い表せない思いを、拓朗は初めての口腔で愛撫するという行為で伊達に伝え続けた。
シーツの海の中で、二匹の獣は抱き合っていた。互いの欲望を互いの口で愛撫する、俗に言うシックスナインの体位――――である。
伊達の舌が堅く閉ざされた拓朗の扉を根気良く愛撫する。
十分に舐め、解されたそこは緩やかに綻びはじめる。枕元のジェルを手に取ると伊達はそこに指を埋め込んでいく。>
「…な、なに? イヤ――だ」
舐めねぶる舌の感触もジェルの冷たさも、くすぐったいだけで、なんとが耐えることが出来たのだが、襞を押し広けられるように進入してくる指の異物感には耐えられなかった。
シーツを握り締めた腕に力が入り、背中が突っ張るように反りかえる。
そんな拓朗にはお構いなしに伊達の指は襞を抉るようにかき回し始める。
「あっ……だ…て、さん―――やめて……キ、モチ……わる…ああっ!」
伊達の指があるポイントを押さえたとき、ピクンと拓朗の身体が跳ねた。
「うん。ここだな」
伊達は小さく呟いて、執拗にそのポイントを刺激し始める。
「あっ…ああっ……んっ!」
苦痛を訴えていた拓朗の声に、ひそかな喘ぎが混じり始める。
伊達が攻め立ててくるその場所から、まるで円を描くようにじんわりとした快感が広がってくる。
我慢しても口を付いて出ようとする喘ぎを必死の思いで拓朗は飲み込んだ。それが又、刺激となって更に深い快感を得たくて自然と腰が揺れた。
指が二本、三本と立て続けに増やされて、言いようの無いに大きな快感の波が拓朗を襲う。
「あっ…ああっ……」
拓朗はねだるように腰を強く押し付けた。
止めたくても止まらない。意識が伊達の指が作り出す快感にだけ集中していく。
伊達を愛撫することなどすっかり忘れ果て、拓朗はシーツを堅く握り締める。
身体全体が熱を持って、もう拓朗自身ではどうしようも無かった。
断続的に己の唇からこぼれ出る喘ぎをかみ殺しながら、熱く昂ぶる自分自身に手を添えようとした。
早く開放してやらなければどうにかなってしまいそうだったのだ。
「ダメだ!」
伊達の思いのほか強い声に拓朗の手が止まる。と、同時にあれほど感じていた快感が無くなっていることに気が付いた。
戸惑いの表情で肩越しに伊達を振り返る。
伊達はゆっくりと身を起こしながら、拓朗の身体も引っ張り起こした。
「拓朗ばかりイクのはズルい。今度は俺もいっしょがいい。俺の言う通りにできるか?」
伊達は拓朗を自分の身体に跨らせると、その両手を自分の肩に導いた。
「俺が支えているから、自分から腰を下ろしてごらん」
「えっ!」
思わず自分の股間を覗きこみ、その間に天を向いてそそり立つモノの大きさに息を呑んだ。
「ムリだ……、こんなの入るわけ、ない」
昂ぶった熱が一気に引いていくのを感じる。
「大丈夫だから……手を添えて」
逃げを打とうとする拓朗の腰をしっかりと引きつけて自分自身を握らせると、伊達は自分が十分に慣らした入り口にその先端を押し当てた。
押し当てられた伊達の熱さに、逃げることは出来ないのだと悟った拓朗は覚悟を決めて目を閉じた。恐る恐る腰を下ろす。
「うっ……ああ――――っ」
指の比ではない物凄い圧迫感に拓朗は歯を食いしばり息を詰める。
メリメリと身体を二つに引き裂く音が聞こえるようだった。
「息を詰めるな。慌てなくてもいい、ゆっくりでいいから、息を吐くんだ」
気遣う言葉を吐きながらも、伊達は腰を進めてくる。襞を押し開くように捻り込んでくるのだ。
内臓を押し上げる言い様のない不快感。吐き気すらこみ上げてくるようだった。
「―――…ああ――っ」
食いしばった歯の間をついて細い悲鳴が上がる。
拓朗は激しく首を振りながら掴んだ伊達の肩に思い切りつめを立てる。
そうしなければ、身体がバラバラになりそうな気がした。
その時、伊達が一層強く拓朗の腰を引き寄せた。
「うっ、うわぁーっ」
目の前が白く霞んだような気がした。
「おい、拓朗、拓朗。大丈夫か?」
ピタピタと頬を叩かれる感触に拓朗はうっすらと目を開けた。
自分の置かれた状況を把握するのに、ほんの少し手間取り、伊達の胸にもたれかかっていると判ると慌てて身を起こそうとした。途端に下半身を襲う鈍い痛みに顔を顰める。
「済まないね、まだ終わってないんだよ」
苦笑を堪えつつ、いかにも申し訳なさそうに伊達がいった。
拓朗はそろりと身を起こした。
信じられない場所で伊達と自分が繋がっていた。
知識としてはあったものの、いざ自分がそうなってみると不思議な気がする。
「俺……気を失って?」
「ほんの少しの間だ、気にするな。ムリをさせたけど辛いか?」
痛みは治まっているものの、一人で身体を支えていることが出来なくて拓朗は伊達の胸に両手をついて身体を支えた。
「……少し―――だけ」
「悪いな、もう少しだけ付き合ってくれ。このままじゃ俺も辛いから……」
言うなり伊達は拓朗の両腕を取って、そのての平に口付けた。
「―――っ!」
瞬間、襲ってきたのは先ほどとは比べ物にならないくらいの痛みだった。
無理も無い。
支えを失って、結合している部分に拓朗自身の重力がモロにかかってしまったのだから。
そこを伊達が軽く突き上げてくる。
想像を絶する痛みに拓朗は歯を食いしばる。
「息をしろ。俺のリズムに合わせるんだ」
伊達の言葉を理解しようと努力するけれど、初めての事に上手くいかない。
「頭で考えるんじゃない、自然に任せるんだ」
伊達が拓朗の顔を引き寄せ口付けながら、ショックで萎えてしまった拓朗自身に手を伸ばした。
ピクリ震えた拓朗の身体から力が抜けた。その瞬間を狙ったように伊達の腰が動く。
痛みが来ると身構えていた拓朗の中にやってきたのは、指で与えられたものと同じ、イヤそれ以上の甘美な痺れだった。
拓朗の表情からこわばったものが消え、次第に切なそうなものに変わって行く。
握りこまれている敏感な先端を扱かれて、若い雄はすぐさま勢いを取り戻した。
甘い蜜が溢れ出す。
伊達の指が背骨に沿って滑り降り、腰まで辿り着くと、また反対に這い登ってくる。
ゾクゾクするような感覚が拓朗を支配する。
先ほど感じていた痛みはすっかりなくなって反対に甘い痺れが身体中に溢れる。
その感覚に逆らうことなく身を委ねてしまいそうになり思わず声が漏れそうになって、拓朗は慌てて唇を噛み締めた。
そうして自分を戒めている拓朗自身には判っていないだろうが、伊達への締め付けが緩くなって、襞がまとわりつくようにうねり始めていた。
そこをすかさず伊達が突き上げると、拓朗は尚一層、眉を寄せて、切なそうに唇を小さく開いた。
「辛いなら声を出していい」
伊達がそう言ってやっても声を上げることはしない。
声を上げること自体が禁忌であるかのように、頑なに我慢をしつづける。
「我慢することなんかないんだ。素直に感じたままを口にしていい……」
「何も考えるな」「素直になれ」と伊達は辛抱強く口付けながら、その合間に囁き続ける。それでも拓朗は頑なに首を振り、切なそうに身を捩る。
「だ…誰にもっ…聞かせたくなんかない……っ、んです。こんな浅ましい―――声……うっ!」
伊達はいきなり起き上がり拓朗を抱きすくめた。
深く繋がったままの態勢で突然引き寄せられて拓朗は息を詰め、逃れ様と弱々しく腕を上げた。その腕を掴んで拓朗の身体を引き剥がすと伊達は涙に濡れた瞳に己の瞳を合わせる。
「どうしてだ、拓朗? 何がお前の邪魔をするんだ」
とがめるような伊達の目の色に拓朗の表情が泣き出しそうに歪んだ。
「だって―――浅ましいでしょう、俺……」
呟いた言葉に、伊達の表情も歪む。
「何処が浅ましいんだ。セックスは生物の本能だ。裸になって抱き合ってこそ相手が判る。隠すことの方がが恥ずかしいことだよ」
「隠すことのほうが、恥ずかしい?」
「拓朗は動物の交尾を見て恥ずかしいと思うのか? 浅ましいと思うのか」
拓朗は小さく首を振る。
「俺、キレイですか? 伊達さんのコト、欲しがってもいいんですか?」
伊達の肩に顔を埋めて拓朗が小さく呟く。
伊達は柔らかくその身体を抱きしめ、
「本能のままに生きているモノに醜いモノなんて無い。恥ずかしがるな。誰もいない。俺と拓朗と二人だけだ。俺に全て見せてくれ、素のままの拓朗が見たい……」と伊達はかき口説く。
「だから、俺に拓朗の声を聞かせてくれ……俺はお前の声が聞きたい」
哀願を含んだ伊達の言葉の音に、拓朗の唇から熱い吐息が漏れた。
「俺の全部、貰ってください」
「ああ、貰ってやるよ」
そっと手を離し伊達はベッドに横たわった。
「……うんっ……ああっ」
戒めるのもが無くなった拓朗は堪えることなく甘い喘ぎを上げはじめ、しなやかに背中を仰け反らせて緩やかに腰を使った。
伊達に揺さぶられているようでいて、自分からリズムを作り出していた。
「そう――――ああ、言い声だ、拓朗……」
上になり下になり、彼らは本能のままに抱き合った。
言葉は何も無い。
伊達の粗い息遣いと拓朗の上げる密やかな喘ぎだけが、静かな部屋の中に響いていた。
伊達に握り困れていた拓朗の先端が一際大きく膨らんだ。
「あ、あっ――――伊達…さん。も…う……んっ」
しなやかに揺れていた拓朗が四肢を突っ張らせ激しく頭を振り限界が近いことを教えた。
「いっ……一緒に、イッてお願が…い」
拓朗の声に促されるように伊達の腰使いが一層、激しいものになる。
「たっ……拓朗―――。俺も」
「……伊達さんっ!」
声と同時に拓朗自身がしぶきを上げた。
明け方近く目を覚ました拓朗は、隣で安らかな寝息を立てている伊達を起こさないように、そっとベッドを抜け出して窓辺に立った。<
ブラインドを少しだけ引き開ける。
まだ空けきらない暗い空をバックに、船の灯りが瞬いていた。
自分がこの上もなく、穏やかな気持ちでいることに満足感を覚える。身体中に温かいものが溢れている。
暫くそれを眺めた後、ゆっくりとベッドに歩み寄る。
(全てはこの人のおかげだな)
細心の注意を払って伊達の唇に小さくキスした。そしてもう一度、その隣に身を滑りこませた。
「俺のわがままに付き合ってくれて、どうも有り難うございました」 神妙な顔で拓朗は頭を下げた。
「どう致しまして。ところで身体の方は大丈夫かい?」
反対におどけた調子で返した伊達は、素早く身をかがめると拓朗に囁きかけた。
「ご心配をおかけしまして、大丈夫みたいです」
生真面目な顔で拓朗は答え、本当は少し辛いけど、と呟くと頬をほんのり紅く染めた。
「素直な拓朗は好きだよ」
伊達はポンポンと拓郎の頭を軽く叩いた。
拓朗は伊達をまぶしそうに見上げる。
「拓朗らしく何事にも頑張るは良いことだ。でもな、心を開放してやることも時には必要だ。決してムリはするな。昨夜も言ったけど、泣きたくなったら遠慮しないで、俺に電話を掛けて来い、いいな」
「……はい」 拓朗はしっかりと頷く。
「じゃあ、時間だから。元気でな」
クルリと背を向け、エスカレーターに足を乗せようとした伊達のコートの袖を拓朗は掴んでしまった。
何だ? と伊達が振り返る。
「あ…」
咄嗟に言葉が出てこない。
何を言っていいのか判らなくて拓朗は俯き、
「気をつけて………」と言葉を絞り出した。
「そんな顔をするなよ。離れられなくなるだろ?」
困ったように呟きながら伊達は掠め取るように拓朗の唇にキスをした。
「――――伊達さんっ!」
「ハハハ、許せ拓朗。お前があんまり可愛い顔をするからだ。それと、今朝の御礼」
「……なっ!」
言いたいことだけ言って、じゃあな、と手を上げた伊達は、そのままエスカレーターの先に消えていった。
「気付いてたなんて……本当に食えない人だよ貴方は」
背中に贈った拓朗の呟きは伊達まで届かなかった。
「ヤバイな、その他大勢に出来なくなりそうだ」
という伊達の独り言が拓朗に届かなかったように。
伊達を乗せた飛行機が雲の彼方に消えて見えなくなるまで、拓朗は見送っていた。
何が変わった訳じゃない。
でも、昨日までの自分とは何処が違うように思うのは、気のせいだろうか。
「有り難う、伊達さん…………」
最後の呟きは頬を撫でて通りすぎる、十二月の風が攫ってしまったけれど。
今日から又、頑張れると拓朗は思う。
これがある限り、俺は大丈夫だ。
伊達から渡された、住所と電話番号の書かれたメモを握り締めながら、飛行機の消えた空をいつまでも拓朗は見つめつづけた。 |